全国大会までの数週間は、これまででいちばん短く、いちばん長く感じられた。代表になったことで青葉の演奏は一気に注目を集めたが、それは歓迎だけを意味しなかった。動画サイトに上がった県大会の感想には、客席の場所ごとにまるで別の曲のようだったという称賛と並んで、吹奏楽としてまとまりを欠く、奇をてらっているという言葉も混じった。全国常連校の顧問が集まる座談会記事では、名前こそ出されなかったものの、最近の一部の学校は音響的な仕掛けに頼りすぎる、と遠回しに切られていた。青葉の部内にも、その紙の薄さ以上に重い沈黙が落ちた。誉められているのに、どこかで異端の札を貼られている。そのことが、全国という大きな舞台を前にじわじわ効いてくる。さらに追い打ちをかけるように、当日の審査概要が共有された。審査員の一部は急な変更があり、席配置も例年とは違う可能性が高いという。しかも評価項目の説明には、音色の統一感を重視するとも、表現の独創性を尊重するとも読める曖昧な文言が並んでいた。読むたび意味がずれる文章だった。部室で資料を回し見しながら、杉本が低く言った。こんなの、どうとでも採れるだろ。誰も否定できなかった。澪もまた、譜面の端を指で押さえたまま、胸の奥に冷たい水がたまっていくのを感じていた。ここまで来ても、まだ見えない基準に揺さぶられるのか。自分たちが信じてきた広がりは、ただ採点しにくいだけなのではないか。そんな疑いが、久しぶりに顔を出した。その日のホール練習で、篠崎は最初の一時間をほとんど使わなかった。舞台上に誰も立たせず、部員を客席の四方へ散らす。前列、二階席、壁際、最後列。澪が後方通路の席に座ると、篠崎は照明の落ちた舞台中央に一人で立った。指揮棒も持たず、静かに言う。審査員のためだけに吹くなら、ここまで来る必要はなかった。言葉はやわらかいのに、会場の隅までまっすぐ届いた。僕たちは、評価を無視するんじゃない。評価より狭くならないために、ここにいる。中央で線が見える人がいて、端で色がにじむ人がいて、後ろで低音に包まれる人がいる。その全部が同時に起きる音楽を、みんなはもう作れる。だから不透明さに合わせて、自分たちから小さくならないでほしい。音楽は、特定の机に提出する答案じゃない。会場全体に手渡すものだ。澪は暗い客席を見回した。空席ばかりのはずなのに、そこにはもう誰かの耳がある気がした。全国の舞台で問われるのは、認められるかどうかだけではない。自分たちが何を信じて鳴らすのか、その一点なのだと、ようやく腹の底でわかった。練習を再開すると、音は不思議なくらい迷いを失っていた。正面に届く芯を保ったまま、左右へ渡る旋律は細い光の橋になり、後方へ沈む和声は深い水のように広がる。澪はクラリネットを吹きながら、もう審査員席の形を頭の中から追い出していた。代わりに思い描くのは、知らない誰かがそれぞれの場所で別々の景色を受け取る瞬間だった。異端と呼ばれるなら、それでもいい。青葉の音楽はもう、整列するためだけの音ではなかった。
客席ごとの祝祭曲
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