エラベノベル堂

市場基準点異聞

全年齢

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2章 / 全10

市場の中央まで来ると、昼の匂いが強くなっていた。揚げ物の油、干物の塩気、果物の甘さが、通路の上でゆるく混ざり合っている。悠生は休憩用のベンチに腰を下ろし、膝の上に古地図の一枚を広げた。 「父さん、これ見て」 「どれだ」 岳は紙の端を押さえながら、悠生が示す位置に目を落とした。 「この丸印。ほかの地図にはないんだ。昔の市場配置にだけ、ぽつぽつ出てくる」 「……確かに、今の区画番号とは合っていないな」 岳は目を細め、持っていた測量図を重ねた。薄い紙越しに線が重なり、丸印の位置が現在の番号と微妙にずれているのがわかる。 「番号の順番に並んでいるわけじゃない。何かを順にたどらせるようにしてある」 「暗号ってこと?」 「そこまで断言はしないが、案内図に近い」 悠生は息をのんだ。案内図という言葉が、ただの古い印を急に生き物みたいに見せる。 「じゃあ、この丸印の場所を全部つなぐと……」 「何かの線になる。たぶん、共同金庫の入口へ向かう筋書きだろうな」 岳はそう言って、丸印をひとつずつ指でなぞった。悠生も地図に顔を寄せる。最初の印は、昨日見た敷石の切れ目に近い。二つ目は市場の奥、三つ目は通路の折れ角。 「順番に追えばいいんだ」 「焦るな。まずは一つ目の手がかりを確かめる」 「うん」 悠生は地図を丁寧に折りたたんだ。胸の奥では、ただの古地図だった一枚が、少しずつ市場そのものの秘密に変わっていく。父の横顔も、さっきより真剣に見える。 「父さん、これ、本当に昔の人が残したのかな」 「残したんだろうな。隠したというより、次に読む誰かへ渡すつもりで」 その言葉に、悠生は黙ってうなずいた。ベンチの背もたれ越しに、通りを行き交う客の声が流れていく。市場はいつも通り賑やかなのに、その真ん中だけ、古い記憶が静かに息をしているようだった。 岳は地図を返しながら、短く言った。 「行こう。最初の印からだ」 悠生は立ち上がり、父のあとに続いた。まだ答えはない。でも、探す順番だけははっきりした。丸印は、もうただの記号ではなかった。

2章 / 全10

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