エラベノベル堂

ぎこちないまま並走中

全年齢

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2章 / 全10

翌週の月曜、アーカイブ室は朝から妙に騒がしかった。展示用に整理していた商店街の写真データと聞き取り記録の一部が、共有サーバーからごっそり消えていたのだ。削除ではなく、フォルダ名だけを残して中身が空になっている。課長は顔色を変え、復旧業者に連絡する間も惜しいと言って職員たちに残っている資料の洗い出しを命じた。取り壊し予定日はさらに繰り上がり、今週中に最低限の展示骨子を出せなければ企画自体が流れる。室内に漂う焦りは、目に見えない煙のようだった。 玻璃は端末の前で唇を結んだ。自分が編集用にまとめていたインタビュー原稿も半分以上が開けない。頭の奥が冷えていくのを感じたとき、隣で青司が静かに言った。 現地に戻りましょう。なくなったものを嘆くより、残ってる人と場所を押さえたほうが早い 今からですか。再訪の約束が取れない人もいます だから手分けじゃなくて一緒に行く。説明はあなたのほうが通る 言い方が命令みたいで、玻璃は思わず眉を寄せた。けれど、その目がいつも以上に真剣なのを見て言い返す言葉を飲み込む。課長へ簡潔に許可を取り、二人は必要な機材だけを鞄に詰めて外へ出た。 商店街は平日の昼でもどこか落ち着かなかった。閉まったままのシャッター、解体準備の札、軒先に積まれた段ボール。時間が街を少しずつ剥がしている。玻璃が店主たちに頭を下げて事情を説明し、青司がその間に撮り直しの構図を決め、古い看板の寸法や通りの奥行きを手早く記録していく。役割がはっきりすると、動きは驚くほど噛み合った。 ただ、順調なのは長く続かなかった。北通りの乾物店で、玻璃が慎重に話を聞き出そうとしている横から、青司が棚の隅に置かれた古い帳面へ手を伸ばした。店主の表情がすっと曇る。 勝手に触らないでくれよ すみません、記録年を確認したくて 確認したいなら先に言って。あんた、この前もそうだっただろ 気まずい沈黙が落ちた。玻璃は慌てて間に入り、深く頭を下げる。店主はため息をついたが、しばらくして帳面を自分の手で開いて見せてくれた。店を出たあと、玻璃は足を止めた。 深町さん、急ぐのはわかります。でも、相手の大事なものに近づくときは、一拍置いてください 青司も立ち止まり、珍しく視線を逸らした。 わかってます。わかってるつもりで、先に手が動く つもりじゃ足りないんです きつい言い方になったと気づいたが、青司は反発しなかった。その代わり、小さく息を吐いて言う。 あなたは逆に、丁寧にしようとして肝心の一歩が遅れる。さっきも、店主は話す気だったのに、断られる前提で言葉を選びすぎてた 胸の奥をまっすぐ突かれた気がした。悔しいのに、否定できない。玻璃は黙り込み、商店街の端に見える曇天を見上げる。青司は続けた。 でも、その丁寧さがあるから、みんな話してくれる。僕一人なら門前払いです 玻璃は少しだけ肩の力を抜いた。 深町さんの観察も、私にはない速さです。見落としていた看板の裏面、助かりました 風が細い路地を抜け、紙袋の口を鳴らした。互いの短所を指摘したはずなのに、不思議と足元は軽くなっていた。その後の再訪では、青司は必ず一言断ってから物に触れ、玻璃は要点を先に伝えてから補足するようにした。夕方までに、失われた記録の穴を埋めるだけの材料が少しずつ集まっていく。 帰り道、商店街の西口で青司がふと立ち止まった。解体予定の案内板の脇、剥がれかけたポスターの下に、見覚えのない貼り紙がある。今週金曜、関係者説明会。主催欄には都市整備課の名があり、アーカイブ室には共有されていない日時だった。 これ、聞いてましたかと玻璃が尋ねると、青司は首を横に振った。 知らない。けど、これが本当なら、取り壊しは課長の話より早い 玻璃は貼り紙の端を指で押さえ、紙の冷たさを感じた。データ消失だけではない。何かが、二人の知らないところで先回りしている。そう思った瞬間、隣に立つ青司の存在が、今朝よりずっと頼もしく感じられた。

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