翌朝、玻璃は誰もいないアーカイブ室で貼り紙の写真を端末に表示し、昨日の記憶を一つずつ並べ直していた。関係者説明会の通知が共有されていないこと。データ消失の直後に取り壊し時期がさらに曖昧になったこと。偶然で片づけるには、どれも妙に手際がよすぎる。窓の外では、薄い雲の切れ間から朝日が差し、古い机の角だけを白く照らしていた。 背後で鞄の金具が鳴り、青司が入ってくる。おはようございます、と玻璃が言うと、青司は頷き、すぐ写真に目を落とした。 課長、まだ来てませんよね はい。都市整備課に確認を入れようか迷ってました 迷うなら先に動いたほうがいい またそれですか またです いつもの無愛想な調子なのに、どこか昨日より柔らかい。玻璃は小さく息をつき、都市整備課の内線に電話をかけた。だが応対した職員は、説明会の日程は内部調整中で、外部周知はまだのはずだと首をかしげるばかりだった。貼り紙の文面を伝えると、確認しますという言葉だけが返ってくる。 受話器を置くと、青司が腕を組んだ。 誰かが先に流したか、勝手に作ったか どうしてそんなことを 急がせたい人がいるなら理由はある その言い方に、玻璃は胸の奥がざわついた。企画が流れれば、記録されないまま消える景色がある。急がせる理由など考えたくなかったが、考えないままではもっと遅れるだけだ。 午前中、二人は課長の指示で残存資料の確認を進めながら、並行して説明会の件を探った。青司は庁内の掲示管理の流れを総務に聞きに行き、玻璃は商店街側の理事長へ連絡を取る。理事長も正式な案内は受けていないが、昨夜、店主の何人かが貼り紙を見て不安がっていたという。噂は乾いた草に移る火のように早い。放っておけば、記録どころか商店街そのものが疑心暗鬼でばらばらになる。 昼過ぎ、青司が戻ってきた。歩く速さがいつもより少しだけ速い。 掲示板の管理簿、金曜の張り出し記録が抜けてました 抜けてた 意図的か、単純ミスかは不明。でも不自然です 玻璃は端末を閉じた。昨日なら、その不自然さを前に足がすくんでいたかもしれない。だが今は違う。隣には、違和感を違和感のまま見逃さない人がいる。 理事長、夕方なら時間を取れるそうです。主要な店主さんにも声をかけてくれるって じゃあ行きましょう。説明会の件も、データ消失の影響も、今ある事実だけ伝える 決めつけはしないで、不安だけ残さないようにですね それはあなたに任せます その一言が、思いのほか自然に胸へ落ちた。任せる。青司がそう言うのを、玻璃は初めて聞いた気がした。 夕方の商店街は、店じまい前の光と影がまだらに重なっていた。理事長の事務所には、乾物店の店主や喫茶店の主人、青果店の姉妹まで集まり、狭い部屋にざわめきが満ちる。玻璃は正面に立ち、失われたデータのこと、現在確認できている情報、未確認の貼り紙について順を追って説明した。途中で言葉に詰まりそうになるたび、横から青司が簡潔に補足を入れる。その短い支えがあるだけで、声は不思議と揺れなかった。 話し終えるころには、部屋の空気は朝のような尖り方をしていなかった。完全な安心ではない。それでも、誰かが正面から向き合っていると伝わっただけで、人の表情は少し変わるのだと玻璃は知った。帰り際、理事長が二人に向かって言う。 あんたら、やり方は違うけど、並ぶとちょうどいいな 外へ出ると、通りの先に夕焼けが細く伸びていた。青司は照れたように視線を逸らし、玻璃は笑いそうになるのをこらえる。まだ問題は何一つ解決していない。けれど、同じ方向を向いているという感覚だけは、昨日までよりずっと確かなものになっていた。
ぎこちないまま並走中
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