エラベノベル堂

ぎこちないまま並走中

全年齢

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4章 / 全10

資料室の扉が開くと、紙の匂いと少し乾いた空気がまとわりついてきた。陽は思わず肩をすくめる。高い棚が左右に並び、古い箱や束ねられた冊子が、眠ったままの時間を抱え込んでいるみたいだった。 「少し奥に、整理待ちの棚があります」 結衣は声を潜めるように言った。 「ここ、普段はほとんど使わないので」 「そんな場所が、まだ残ってるんですね」 「残っているものは、意外と多いです」 その言葉を聞き流しかけた瞬間、陽の視線が棚の隅に止まった。背表紙の色がばらばらな台帳が、ひとまとめに押し込まれている。その中の一冊だけ、埃の厚みが違った。まるで長いあいだ誰にも触れられず、忘れられることすら忘れられていたみたいだ。 「これ……」 陽が手を伸ばすと、結衣が一拍遅れて気づく。 「あ、それは返却されないまま残っていたものです。処理が途中で止まっていて」 「台帳、ですか」 「ええ。古い記録の控えです」 ぱらり、とページをめくる音がやけに大きく響いた。薄い紙の列には、貸し出しの日付、返却欄、確認印。そのひとつひとつが、今の図書館のものとは違う手書きの癖を残している。陽は無意識に息を止めた。 「こんなに細かく……」 「昔は手で全部つけていましたから」 その台帳の中に、妙な記載があった。何年も前に行方不明になったはずの本の名が、几帳面に並んでいる。姿を消したはずの本が、行方不明のままではない。陽は指先を強張らせながら、ページを追った。 「これ、どういうことだ」 「貸出の記録だけは、残っていたのかもしれません」 結衣も覗き込み、眉を寄せる。 「でも、紛失扱いになっている本が、こんなふうにまとまっているのは変ですね」 陽は次の行を見たところで、喉が詰まった。そこにあった名字が、自分の家のそれと同じだった。 「……え」 声が掠れる。そんなはずはない、と即座に否定したかったのに、指先が勝手にページを押さえたまま離れない。 「佐伯……」 結衣が顔を上げる。 「知っている名前ですか」 「いや、知らない。けど……」 陽は自分でもうまく言えず、唇を噛んだ。偶然だ、と言い切るには、記載の位置も、前後の本の並びもあまりに不自然だった。胸の奥が急に冷えていく。 「たまたま、だよな」 そう言いながらも、陽の声は震えていた。 結衣は何か言いかけて、けれどすぐには続けなかった。棚の奥で、古い紙束がかすかに軋む。陽は台帳を見下ろしたまま、自分の名字がそこにあるだけで、知らない糸に腕を絡め取られたような気がしていた。

4章 / 全10

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