午後、アーカイブ室へ戻ると、課長の机の上に見慣れない封筒が置かれていた。差出人はなく、宛名も手書きで市立景観アーカイブ室とだけある。課長が不在の間に届いたらしい。玻璃が受領印の有無を確かめている横で、青司は封の厚みを指先で測るように持ち上げた。 中には古い写真が三枚と、コピーした図面が一枚入っていた。南棟の共同倉庫が、今とは違う姿で写っている。祭りの提灯が並ぶ写真の端に、見覚えのある横顔があった。若いころの課長だった。さらに図面には、現在の封鎖区画の下にある空きスペースが赤で囲まれ、手書きで保管庫と記されている。 玻璃は息をのんだ。こんな場所、資料には載っていなかった。 青司は写真を見つめたまま、低く言う。 知ってた人がいる。しかも、かなり近くに その言い方に、玻璃の胸が冷えた。隠されていた空間。消えたデータ。共有されない説明会。線が一本に結ばれかけた瞬間、これまで積み上げてきた信頼まで足元から揺らぐ。青司もまた、最初から何か知っていたのではないか。彼は現地の構造に詳しすぎたし、違和感に気づくのも早すぎた。 あなた、南棟のこと、前から知っていたんですか 問いかける声が思った以上に硬くなった。青司はすぐに否定しなかった。その沈黙が、玻璃には小さな刃のように感じられる。 少しだけ、心当たりはありました どうして言わなかったんです 確証がなかったからです。昔、父がこの商店街の改修図面に関わっていた。家で一度だけ、似た話を聞いたことがある 玻璃は言葉を失った。青司の父は都市整備課の技師だったと、以前誰かが噂していたのを思い出す。ならば、彼がここへ来た理由も、自分の知らない別の目的も、全部あり得るように思えてしまう。 そのとき課長が戻り、封筒の中身を見るなり顔色を変えた。問い詰めるより早く、青司が写真を机に置く。 この保管庫、何があるんですか 課長はしばらく黙っていたが、やがて観念したように椅子へ座った。そこには、商店街再整備の初期計画に反対した店主たちの陳情書や、取り壊し前提ではない改修案の原本が眠っているという。計画が何度も変わる中で、都合の悪い過去として閉じられた資料。課長は若い職員だったころ、それを見ていた。しかし上から触れるなと言われ、異動ののち口をつぐんだままだった。 残しておくべきだと、ずっと思っていた 掠れた声だった。玻璃は課長を見たあと、隣の青司を見る。彼は視線を逸らさなかった。 僕も、父がその計画に関わっていたことを最近知りました。だから確かめたかった。でも、憶測であなたを巻き込みたくなかった 疑った自分が恥ずかしいのに、簡単にはほどけない痛みが残る。玻璃はそれでも問う。 今は、巻き込みたいと思ってますか はい。あなたとじゃないと、ちゃんと残せない 飾りのないまっすぐな言葉に、胸の奥で固く縮んでいたものが静かにゆるんだ。秘密があったことは消えない。それでも、隠し続けるより先に差し出した誠実さは確かだった。 行きましょう、と玻璃は言った。保管庫を開けて、全部確かめましょう 青司が頷く。短いその動きが、今まででいちばん近く感じられた。夕方の光が窓から差し込み、机の上の古い写真を薄く照らしている。街の過去は、ようやく声を持とうとしていた。
ぎこちないまま並走中
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