エラベノベル堂

ぎこちないまま並走中

全年齢

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6章 / 全10

翌朝、陽が目を覚ましたとき、家の中はまだ静かだった。廊下の軋む音も、台所の湯気の気配もない。畳の匂いが薄く残る和室で、陽は昨夜から預かった小さな鍵を握りしめた。 「……これで、本当に開くのか」 独り言は弱々しかったが、手だけは迷わなかった。床板の一枚を押すと、わずかな遊びが返ってくる。陽は息を止め、鍵を差し込んだ。かちり、と乾いた音がして、隠れていた板が浮き上がる。胸の鼓動が一気に早くなる。 「うわ……」 床下から現れたのは、古い木箱だった。埃をかぶっているのに、どこか丁寧に守られていた気配がある。陽は両手でそっと持ち上げ、畳の上へ引き出した。ふたを開けると、中には分厚いノートが一冊、そして折りたたまれた紙片が入っていた。 ノートの表紙には、町の名が手書きで記されている。何十年も前の記録らしく、インクの色は少し褪せていたが、文字は驚くほどしっかりしていた。陽は指先でページをめくる。 「町の歴史……?」 見開きには、古い通りの名前や建物の配置、今は消えた行事のことまで細かく書かれていた。学校の教科書よりずっと生々しい。誰かが見てきた町そのものが、紙の上に閉じ込められているみたいだった。 その隣で、折りたたまれた紙片がひらりと落ちる。陽はそれを拾い上げた。そこには、たった一つ、差出人の名だけが書かれていた。 佐伯正一。 陽の祖父の名前だった。 「……じいちゃん」 声がかすれる。陽は紙片を見つめたまま動けなかった。祖父はもういない。何年も前に静かに亡くなったと聞いている。その人の名が、こんな形で封筒の答えになるなんて思いもしなかった。 ページの端に挟まっていた短いメモには、こうあった。 この箱は陽へ その一行を読んだ瞬間、陽の背中を冷たいものが走った。いたずらでも、偶然でもない。封筒も地図も、全部が最初から自分に届くように残されていたのだ。 「俺に、託すため……?」 言葉にした途端、部屋の静けさがやけに深く感じられた。祖父は何を知っていて、なぜ今になってそれを残したのか。答えはまだノートの中に眠っている。陽はそっとページを閉じ、紙片を握りしめたまま、次の一枚へ視線を落とした。

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