陽はノートを膝の上に置き、河川敷の風に煽られないよう片手で押さえた。紙は思ったより重い。文字の一つひとつが、ただの昔話ではなく、誰かが歯を食いしばって残した記録だとわかるからだった。 ページをめくるたび、祖父の筆跡は静かに町の輪郭を描き直していく。古い図書室に集まる声、消えた本の行き先、そして閉鎖の決断。陽はそこに書かれた一文を読んで、思わず眉を寄せた。 「本を隠したんじゃ、ない……?」 独り言は風に溶けた。祖父は蔵書を守ろうとしたのではなく、町そのものを守るために図書室を閉じたのだと、ノートは何度も繰り返していた。誰かに見つかれば、古い記録が人の暮らしを壊す。だからこそ、表に出さず、眠らせる必要があったのだと。 陽は喉の奥がじんと熱くなるのを感じた。 「守るため……そんなの、ありかよ」 怒っているのか、納得しているのか、自分でもわからない。ただ、ずっと追いかけてきた空白に、やっと意味がついた気がした。その直後だった。 「陽くん」 声をかけられて顔を上げると、少し離れた堤の上に花村結衣が立っていた。いつもの図書館の顔ではない。けれど、その視線はまっすぐだった。陽は反射的にノートを胸に引き寄せる。 「どうして、ここに」 「あなたが読むなら、ここだと思ったから」 結衣はそう言って、ゆっくり階段を降りてくる。陽は戸惑いを隠せなかった。味方だと思っていた相手が、まるで最初から自分の動きを知っていたみたいだったからだ。 「結衣さん、知ってたのか。祖父のことも、このノートのことも」 彼女は小さく息を吐いた。 「全部じゃない。でも、老婦人のことは知っていた。あの人はただの協力者じゃない。お祖父さんの計画を、最初から一緒に支えていた人よ」 陽の指先が冷えた。 「計画……?」 「ええ。閉じるための計画。残すための計画でもある。どちらも、町を壊さないために必要だった」 陽はノートと結衣の顔を交互に見た。信じた言葉が、次々と裏返っていく。老婦人は真実を知る案内人だと思っていた。結衣は記録を探す手伝いをしてくれた。なのに、その二人とも、最初から祖父側にいたのか。 「じゃあ俺は、最初から見張られてたってことかよ」 「見張る、とは違うわ」 結衣は首を振った。 「見届ける役目、って言ったほうが近い。あなたが選べるようになるまで、誰も最後までは教えないって決めてた」 陽は唇を噛んだ。納得できない。けれど、怒鳴るには彼女の声があまりにも真剣だった。 「……何を信じればいい」 「それは、あなたが決めること」 風が強くなり、河川敷の草がざわめく。陽はノートを開いたまま、そこに残された祖父の言葉を見下ろした。味方だと思っていた人たちの本当の役割は、敵か味方かでは測れない場所にあった。陽はようやく、その複雑さの入口に立ったばかりだった。
ぎこちないまま並走中
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