保管庫での記録作業が一段落したのは、外の空が群青に沈みかけたころだった。紙の湿り気を避けるため仮封を施し、所在確認の一覧を課長と理事長に渡す。玻璃は張りつめていた肩をようやく落としたが、安堵は長く続かなかった。課長の端末に入った連絡で、明朝一番に南棟の封鎖範囲を拡大し、倉庫周辺への立ち入りを全面禁止する方針が決まったと知る。申請が正式に受理される前に、資料ごと手の届かない場所へ戻されるおそれがあった。 理事長は唇をかみ、課長は悔しさを隠せない顔で書類を握る。玻璃も胸の奥が重く沈んだ。今夜のうちに目録の仮登録を庁内システムへ通し、少なくとも存在だけでも消せなくする必要がある。だが保管庫は電波が弱く、資料は持ち出せない。アーカイブ室へ戻って入力しようにも、件数が多すぎて朝までに終わる保証はなかった。 そのとき青司が、棚の最下段に残っていた細い紙筒を指さした。 これだけ、まだ見てません 開くと、中から現れたのは色の褪せた一枚の完成予想図だった。取り壊し前提の再整備ではなく、古い看板や通路を生かした改修後の商店街が描かれている。南棟の中央には小さく設計担当者名があり、深町栄治と記されていた。青司の父の名だった。 玻璃は息をのみ、隣を見る。青司は驚いたように目を見開いたあと、絵の端へ指を置いた。そこには細い文字で、現場保存を優先、住民合意まで凍結と添え書きがある。 父は、壊す側じゃなかったんですねと玻璃が言うと、青司はしばらく何も答えなかった。やがて、ごく低い声で、知らなかったとだけ言った。その短い言葉には、長い時間をかけて固まったわだかまりがひび割れる音が混じっていた。 僕はずっと、父は黙って従った人だと思ってました。だからここで何が消されたのか、確かめたかった 玻璃は予想図を受け取り、丁寧に広げ直した。紙の上の商店街は、今より少し若く、それでも確かに今へ続く顔をしている。 だったら、なおさら残しましょう。反対した人たちも、守ろうとした人たちも、全部まとめて 青司は玻璃を見た。その目に、いつもの静けさとは違う温度が宿っている。 あなたが一緒でよかった 飾り気のないその言葉に、玻璃は胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。疑いを越えて届いた声は、説明より深く人を動かす。玻璃はうなずき、端末を開いた。 今夜、ここでやれるだけ登録します。私は目録を打つ。深町さんは撮影番号と来歴の整理を 了解です。朝まで付き合います 課長も理事長も黙ってうなずき、四人は狭い保管庫の前に並んだ。紙を読む声、番号を確認する声、入力音が途切れず続く。夜は深まっていくのに、不思議と空気は暗くなかった。隠されていた過去は、もう重荷であるだけではない。誰かが守ろうとした証として、今ここに灯っている。 夜半を回るころ、最初の仮登録が承認待ちの状態でシステムに反映された。小さな表示だった。それでも玻璃には、閉ざされた扉の向こうに細い道が通ったように見えた。青司も画面を見つめ、ほんの少し笑う。 二人の間に、もうためらいはほとんど残っていなかった。
ぎこちないまま並走中
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