閉鎖図書室の中は、昼間に見たときよりずっと深く静かだった。陽が扉を閉めると、外の気配がすっと遠のき、古い紙と木の匂いだけが残る。懐中電灯の小さな光に照らされた帳面は、机の上でひっそりと存在感を放っていた。 「これが、町の記憶……」 思わず漏れた声は、壁に吸われるように消える。陽は帳面を両手で持ち上げた。表紙は擦れているのに、どこか丁寧に扱われてきた重みがある。これを開けば、知りたかった答えに手が届く。なのに指先は、妙に躊躇っていた。 背後で、結衣が静かに言った。 「今なら、まだ間に合うわ」 その隣で老婦人も腕を組んでいる。二人とも、急かすような顔はしていない。ただ、陽の決断だけを待っていた。 陽は息を吸い、帳面を開く。紙の端が小さく鳴った。中には、町の出来事が年代順に、驚くほど細かく記されている。祭りの中止、店の移転、名前を伏せられた人々の記録。確かに知れば、誰かの怒りを呼ぶものもある。けれど、ただ隠し続けるには重すぎる真実でもあった。 そのとき、机の端に置いた小さな機械が淡く光った。祖父の録音メッセージだ。陽は迷いながら再生する。 かすれた声が、暗い室内に落ちた。 『陽へ。もしこれを聞いているなら、帳面に辿り着いたのだろう。だが、全部を町に出すな。真実は人を救うが、同時に暮らしを壊す。守られるべきは、知られることではなく、続いていくことだ』 陽は目を伏せた。胸の奥で、固く結んでいた考えが音を立てて揺れる。暴くことが正しいと思っていた。隠すのは逃げだと。だが祖父の声は、その単純さを静かに壊していった。 『見せるなら、選べ。誰かを傷つけるためではなく、町が明日も立っていられる形にしろ』 録音が終わる。沈黙が、さっきより重くなる。 陽は帳面を見下ろし、それから結衣と老婦人を見た。二人の目には、答えを知っている色ではなく、選ぶ者を見守る色があった。 「……全部を、そのままは出さない」 自分の声が思ったより落ち着いていて、陽は少しだけ驚く。 「でも、何もなかったことにもしたくない。だから俺は、この帳面を町に渡す。ただし、必要な形に整えてからだ」 結衣が小さく息をのむ。老婦人は何も言わないまま、わずかに目を細めた。 「隠すんじゃない。壊させないために、届け方を変える。俺は、そう決める」 言い切った瞬間、陽の中で何かが静かに定まった。帳面のページを閉じる手は、もう震えていない。深夜の閉鎖図書室で、三人の間にしばらく沈黙が落ちる。その静けさの中で、帳面だけが確かな重みを持って机の上に残っていた。
ぎこちないまま並走中
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