エラベノベル堂

ぎこちないまま並走中

全年齢

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9章 / 全10

朝の会議は、思っていたより静かに始まった。徹夜明けのアーカイブ室に集まった職員たちは、玻璃たちが提出した仮保全登録の一覧と、保管庫で見つかった資料の写真を無言で見つめていた。課長が経緯を説明し終えると、誰かが小さく息をのみ、別の誰かが端末を閉じる音がした。都市整備課の説明を待つまでもなく、これまで伏せられていたものの重さは十分に伝わっていた。 だが、その沈黙を破ったのは意外な言葉だった。企画展示は一時凍結。上層部の判断が下るまで、対外的な発表は控えるように。総務経由で伝えられた決定に、室内の空気がまた冷える。守れたと思ったものが、今度は別の形で棚上げされようとしていた。 玻璃は唇を結んだ。展示が止まれば、商店街の人たちにはまた曖昧な説明しかできない。青司も机に置いた指先をわずかに強く曲げている。それでも二人が言葉を探すより先に、課長が立ち上がった。 凍結は中止ではありません、と課長ははっきり言った。保全対象の整理と再構成を優先する。そのうえで、展示ではなく報告公開として出し直します 玻璃は顔を上げた。展示という華やかな形でなくても、伝える道はある。むしろ見つかった資料の性質を思えば、そのほうが誠実かもしれなかった。青司が隣で小さくうなずく。 その日の午後、二人は理事長のもとへ向かった。凍結の報せを伝えるのは気が重かったが、理事長は話を聞き終えると、意外にも穏やかに言った。 見せ方が変わるだけならいい。隠されるよりずっといいよ 乾物店の店主も、喫茶店の主人も、青果店の姉妹も、今度は前よりまっすぐ二人の言葉を聞いた。壊される前の思い出話ではなく、なぜ残らなかったのかまで含めて記録する。その方針に、誰もすぐには笑わなかったが、最後にはそれぞれが家にある古い帳面や写真も出してみると言ってくれた。 帰り道、商店街の西口で玻璃は足を止めた。初日に見た貼り紙の掲示板がある。あのときは、誰かの先回りに振り回されるばかりだった。今は違う。事情はまだ複雑なままで、全部が丸く収まったわけでもない。けれど、同じ地図の上で迷いながら進む相手が隣にいる。 深町さん、と玻璃が呼ぶ。 はい もし最初に会った日みたいなままだったら、たぶんここまで来られませんでした 青司は少し考えてから、珍しく素直な顔で言った。 僕もです。あなたが止めてくれたから、見えたものが多かった 風が通りを抜け、古い看板をかすかに鳴らした。玻璃は笑い、青司も今度ははっきりと笑った。 そのとき、理事長から電話が入る。保管庫の件を聞いた商店街の有志が、再整備の説明会を開き直してほしいと言い始めたという。終わったはずの話ではなく、これから選び直す話として。 玻璃は受話器越しの熱を感じながら、朝焼けの中で抱いた感覚が間違いではなかったと思う。残したからこそ、先を決められる。 通話を終えると、青司がどうしましたと尋ねた。 始まり直しだそうです いいですね、と青司が答える。その短い言葉は、もう遠くなかった。 取り壊しを記録するはずだった仕事は、いつの間にか街の未来を選び直す入口に変わっていた。予想していた結末ではない。それでも玻璃は、煉瓦造りの建物へ戻る足取りが、配属初日よりずっと軽いことに気づいていた。

9章 / 全10

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