エラベノベル堂

卵焼き迫る、継ぎ味の夜

全年齢

小説ID: cmnfe7won003s01qlo5sdllku

2章 / 全10

朝の光に目が覚めた瞬間、浩平はまず台所のほうを見た。寝ぼけたままでも、昨夜のあの沈黙だけは喉に貼りついたままだったからだ。薄いカーテンの隙間から差す光が床を白く切り、玄関へ続く狭い通路まで浮かび上がっている。 そこに、卵焼きがあった。 皿の上に、三切れ。 浩平は一度、目を閉じた。数を数え直しても、やはり三切れだった。しかもどれも少しずつ焦げ目が違う。端がこんがりしたもの、表面に薄く泡の跡が残るもの、片側だけ妙に濃いもの。昨夜ひとつだけだったはずの塊が、まるで別々の時刻に焼かれたみたいに、静かに並んでいる。 「……増えてるじゃないか」 声にした途端、現実が重くなる。浩平は皿を持ち上げ、ため息を押し殺した。 「もういい。捨てる」 流しの横でごみ袋を開く。中は昨夜の片づけで半分ほど埋まっていたが、卵焼きを落とそうとしたその瞬間、袋の底がもぞりと持ち上がった。 浩平の手が止まる。 黒いビニールの内側から、何かがゆっくり押し返してくる。柔らかいのに、意志だけは妙に強い。袋の口がふくらみ、そこにあるはずのない黄色が、内側から形を整えようとしていた。 「ふざけるな……っ」 慌てて袋を引き上げると、底に貼りついたような卵焼きが一切れ、ぬるりと姿を見せた。皿の上の三切れとは違う、やけに白っぽい表面。まるで別の手で、別の気分で焼かれたみたいだった。 浩平は息を止めたまま、その場で後ずさる。冷蔵庫の低い唸りが、いつもより近く聞こえる。台所の隅、シンクの下、玄関のたたきへ続く隙間。どこにも何もいないはずなのに、家の空気だけが一段濃くなっていく。 見られている。 そう思った瞬間、背筋が粟立った。 「……誰だよ」 問いかけても返事はない。代わりに、ごみ袋の中でまた小さく、ぬるい気配が膨らんだ。浩平は皿を持ったまま立ち尽くし、台所から玄関先へと続く細い通路を見た。朝の明るさはあるのに、そこだけ妙に暗い。家の中にいるはずのない何かが、もうすぐ角を曲がってこちらへ来るような、そんな圧迫感だけがじわじわと近づいていた。

2章 / 全10

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