エラベノベル堂

黒マント同好会対白手袋クラブ

全年齢

小説ID: cmnfenubx004501ql7a42ja5h

3章 / 全10

「じゃあ、偽名で聞き込みをする。相沢、例の服だ」 夕方の空気は、駅前の人波に押されて少しだけ生温かった。悠人が差し出された紙袋の中身を取り出すと、そこには妙に安っぽい帽子と、縫い目の甘いコート、そして偽の名刺まで入っていた。 「これ、本気ですか」 「本気だ。情報工作は印象が命だからな」 幹部は胸を張る。だが悠人が鏡代わりのショーウィンドウに映った自分を見ると、どう見ても小劇場の小物係だった。 「……バレませんかね」 「バレるわけがない。完璧だ」 完璧、という言葉ほど信用できないものはない。悠人は深く息を吸い、駅前の古書店へ向かった。古びた木枠の扉の前で、店主らしい白髪交じりの男が本を並べている。 「失礼。私はええと、古書の流通を調べる者でして」 名刺を差し出した瞬間、店主は一度もまばたきをせずにそれを見た。 「その名刺、昨日のコピー機で作ったね」 「え」 「帽子もコートも、どこかの量販店だろう。何より、目つきが素人すぎる」 悠人は固まった。たった一言で、全部が剥がされたようだった。 「夜灯会だろう」 「なっ」 「隠す気があるなら、もう少し普通に来なさい」 言い切られて、悠人は何も返せない。振り向くと、裏通りの方で誰かが派手に咳払いした。 「その話、少し違いますね」 別の男が、やはり安っぽいマフラーを巻いて立っている。黒鍵団の偵察員だと、悠人は直感でわかった。 「俺たちは、巨大な組織を動かしているんです。表に出ないだけで」 「へえ」 店主は乾いた声を返す。 「それはすごい」 黒鍵団の男は、今度は裏通りの角へ向けて声を落とした。 「実際には、こちらこそ最強の暗号集団です。街で囁かれているのは、我々の仕込みですよ」 「ちょっと待て」 悠人が食いつく。 「そんな話、聞いてないぞ」 男は肩をすくめた。 「そちらも同じでしょう。偽名で噂を流すなら、相手を大きく見せておいた方が効果的だと思っただけです」 その瞬間、店先を通り過ぎた買い物帰りの主婦たちが、ひそひそと笑い合うのが聞こえた。 「聞いた? 夜灯会って、ものすごい人数らしいわよ」 「黒鍵団は暗号が天才的なんだって」 「どっちも本当かしら」 悠人は顔を覆いたくなった。自分たちが流したはずの小さな噂は、店主の一瞥と、黒鍵団の大げさな言い回しに挟まれて、妙な形に膨らんでいる。 「……結局、何が広まるんです」 小声で漏らすと、店主は本棚に視線を戻しながら言った。 「大きな組織と、もっと大きな暗号集団だろうね」 黒鍵団の男が、少しだけ誇らしげに胸を張る。 「まあ、悪くない」 悠人は言葉を失ったまま、裏通りへ流れていく人の会話を聞いた。街の空気だけが、やけに面白がっている。自分たちの必死さなど、最初から誰も信じていないのに、噂だけが一人歩きしていた。

3章 / 全10

TOPへ