「行くぞ、相沢。今夜で決める」 その声に、悠人は資料室でついさっきまで見ていた赤字の数字を思い出した。だが幹部たちの目は、もう数字ではなく敵の首筋だけを見ている。夜灯会の面々は、妙に立派な黒い上着を羽織り、手には懐中電灯と紙の地図。どう見ても決戦の装いとしては心もとないのに、本人たちは胸を張っていた。 旧商業施設の正面玄関は、噂に聞いた廃ビルの顔とは少し違っていた。割れた自動扉の前に立つと、ガラス越しの暗がりの中へ、白い検査札がひらりと揺れている。区役所の立入検査中、と読めたが、悠人が口を開くより早く、先頭の幹部が鼻で笑った。 「罠だな。黒鍵団の細工だ」 「いや、札ですよね」 「だから罠だと言っている」 その言葉が終わる前に、反対側から黒い一団が現れた。黒鍵団の幹部も同じように眉を吊り上げる。 「夜灯会め、先に入り込むつもりか」 「そっちこそだろ」 両陣営が同時に玄関へ踏み込んだ瞬間、奥から笛の音がした。 「すみません、点検中です」 作業服姿の職員が、ライト片手に顔を出す。続いて警備員が一歩前へ出た。 「一般の方は入れません。立入禁止です」 「一般ではない!」 夜灯会の誰かが叫ぶ。 「我々は秘密結社だ!」 「それが何かの申請区分になりますか」 淡々と返され、悠人は言葉を失った。警備員の手には無線機、職員の腕にはチェック表。二人とも、こちらの大仰な気迫など最初から見ていない。 黒鍵団の先頭が、なおも一歩踏み出そうとする。 「通せ。ここは我々の戦場だ」 「では、戦場の前に受付をお願いします」 職員は手際よく札を指さした。 「今は検査と安全確認をしています。足元も段差がありますので、勝手に進まないでください」 その一言で、黒鍵団側の一人が躓いた。すぐに夜灯会側が 「来たぞ」 と身構え、狭い玄関口は一気に詰まる。悠人は押し出されるように前へ出てしまい、警備員に肩を押さえられた。 「君も止まって」 「は、はい」 思わず従ってしまう。すると、その横で幹部が悔しそうに唸った。 「相沢、怯むな。最初に入った者が流れを握る」 「でも止められてます」 「止めた方が負けだ」 その理屈は、たぶん誰にも通らない。だが幹部は本気だった。懐中電灯を振り上げ、職員の説明を敵の暗号のように聞き流し、玄関の奥へ突っ込もうとする。 「黒鍵団、後れを取るな!」 「夜灯会こそ、そこで止まれ!」 叫び合う声は立派なのに、足元では検査札が風に揺れ、職員の靴音だけが妙に落ち着いていた。悠人は胸の奥が冷たくなるのを感じながら、崩れ始めた先頭集団を見つめる。決戦のはずなのに、どう見ても、ここから先は別の何かに飲み込まれていくしかなかった。
黒マント同好会対白手袋クラブ
全年齢小説ID: cmnfenubx004501ql7a42ja5h
