エラベノベル堂

黒マント同好会対白手袋クラブ

全年齢

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7章 / 全10

「ちょっと、待て」 悠人は、押し合いへし合いする先頭集団の背後で、その一枚の張り紙に気づいた。非常階段の踊り場へ続く壁に、白い紙が何枚も貼られている。立入検査中、避難訓練実施中、係員の指示に従ってください。どれも妙に丁寧で、妙に現実的だった。 「何だそれ」 幹部が眉をひそめる。 「敵の追加札か?」 「違います、これ……避難訓練って書いてあります」 悠人の声は、喧騒にかき消されそうだった。だが二階通路を見下ろすと、同じような紙帽子をかぶった人たちが、ぞろぞろと列を作って流れてくる。子ども連れの家族、買い物袋を抱えた年配の夫婦、腕章をつけた係員。みんな真剣な顔をしていて、こちらを敵の増援と見ている様子はない。 「増援だ!」 黒鍵団の誰かが叫んだ。 「いや、あれは一般人だろ!」 悠人は思わず言い返したが、次の瞬間、夜灯会の一人が非常階段へ飛び出し、列を見て硬直した。 「くっ、敵の新手か」 「落ち着いてください!」 悠人は張り紙を指さした。けれど先輩は、そんなものを読む余裕もないらしい。 「相沢、あれを見ろ。黒鍵団が市民を盾にしている」 「何でそうなるんですか」 「ならばこちらも退くな!」 最悪だった。相手の人数が増えたと思った幹部たちは、もう引くという発想を完全に捨てている。黒鍵団の幹部も同じで、手すりを叩きながら、妙に芝居がかった声で叫んだ。 「夜灯会め、訓練のふりで逃げ道を塞ぐ気か」 「そっちこそ、通路を占拠しているだろう」 「違う、これは避難経路だ」 悠人がそう言った瞬間、係員の笛がぴっと鳴った。 「通路をふさがないでください」 その一言で、両組織の動きがいっそう混乱した。誰かが一歩下がり、別の誰かが前に出て、結果として非常階段の幅いっぱいに立ち塞がる形になる。避難訓練の参加者たちは、こちらを避けるように壁際へ寄り、かえって夜灯会と黒鍵団だけが通路をめちゃくちゃに埋めていった。 「相沢、もっと大声を出せ。圧をかけろ」 「この状況でですか」 「今さら引けるか!」 黒鍵団の方でも似たような叫びが飛ぶ。 「怯むな、我々の暗号でかき回せ!」 「今、暗号関係ないですよね!」 悠人は階段の手すりに片手をつき、ようやく息を整えた。立入検査札の意味はもう理解している。ここは決戦の場ではない。避難誘導と点検が同時に進む、ただの整った現場だ。なのに、両幹部だけがそれを認められない。 「相沢、敵の目を見ろ」 「見ても、あっちは訓練の人たちです!」 「黙れ、あれはきっと偽装だ」 偽装でもなんでもない。悠人はそう言い返しかけて、黒鍵団側の誰かが段差を踏み外し、慌てて手すりにしがみつくのを見た。すぐに夜灯会の面々がそれを隙と誤解し、さらに押し寄せる。 「今だ、押せ!」 「押したら転びます!」 言葉は届かない。非常階段には、足音、笛の音、係員の注意、そして無意味な挑発だけが積み重なっていく。悠人は張り紙の端を見つめたまま、これ以上ないほどはっきりと理解した。勝負はもう始まっているのではない。とっくに別の方向へ崩れ落ちているのだ。 「黒鍵団、やはり小物だな!」 「夜灯会こそ、通路の端でしか吠えられないのか!」 誰もが大きな声を出しているのに、いちばんうるさいのは係員の笛だった。悠人は額を押さえ、階段の下で列を整える参加者たちを見下ろす。訓練の流れは、こちらの混乱など気にも留めず、淡々と続いていた。

7章 / 全10

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