その日、園内の人間行動研究は、いつの間にかちょっとした競争になっていた。ライオンは柵越しに歩く人間の肩の力を見て、今日は急いでいる者が多いと断じた。フラミンゴは、家族連れの笑い方を聞き分け、子を安心させるための鳴き声に似ていると評した。カメは石の上で目を細め、いや違う、彼らは急いでいるのではない。何かを確かめたくてたまらないのだ、と静かに言った。 そのひと言が引き金になった。ライオンは、ならば確かめるべきは自分たちだと前足を強く踏み、フラミンゴたちは首をそろえてうなずき、カメは小さな仮説を重ねた。人間はなぜ、動物の前に来ると笑うのか。なぜ、立ち止まり、同じ構図で写真を撮るのか。なぜ、少し離れた場所からでも必ずこちらを見るのか。答えを求める声は、いつしか園内のあちこちへ広がっていった。 ライオン舎の前では、子どもが雄の大あくびを見て真似をした。すると雄は、これは挨拶に違いないと胸を張った。フラミンゴの水辺では、来園者が並んで写真を撮るたび、彼女たちも同じ角度で首をそろえた。結果、スマートフォンの画面には妙に気取った一列が映り、撮った本人が吹き出した。カメのところでは、じっと見つめる学生に向けて、あえて動かずにいることが流行し始めた。動かないのではない、観察に応えているのだと、カメ自身が思い込んだからだ。 ところが、その熱心さは別の勘違いを呼んだ。飼育員が来園者向けの案内板を差し替えるために通路へ出ると、動物たちは一斉に騒ぎ出した。新しい研究発表だと勘違いしたのだ。ライオンは低くうなって号令をかけ、フラミンゴは羽を広げて注目を集め、カメはもっともらしく身じろぎを止めた。だが飼育員は、ただ古い掲示を外していただけだった。そこへ来園者が集まり、あれは特別展示かもしれないとさらに期待をふくらませる。誰も事情を知らないまま、園内の空気だけが妙に立派になっていく。 その騒ぎの真ん中で、ひとりの若い飼育員がようやく気づいた。動物たちが落ち着かないのは、天気でも空腹でもない。来園者の視線が嬉しくてたまらないのだ。試しに彼がライオンへ向かって手を振ると、雄は真顔でゆっくりとあくびを返した。フラミンゴの群れは、それを見て一斉に体を揺らし、カメは甲羅の上で気分よさそうに目を閉じた。飼育員は思わず笑った。すると、周囲の来園者も笑った。 その笑い声に、動物たちははっとした。自分たちの研究が、いつのまにか人間たちの観察会にもなっている。しかも、人間たちは動物の珍妙さを笑っているのではなく、動物が自分たちを見ていることを楽しんでいるのだった。ライオンはゆっくりとまばたきし、フラミンゴは首をすくめ、カメはようやく答えを見つけた顔になった。見られることは、ただ恥ずかしいだけではない。見られていると知るから、相手を少し好きになれる。 夕方、広場で今日の出来事が紹介されると、来園者は動物たちの奇妙な研究ぶりに笑い、動物たちはその笑顔に安心した。人間を観察していたつもりが、実は人間たちもこちらを見て、同じように楽しんでいた。柵の内と外で交わされた視線は、どちらかを理解するためではなく、違うまま並んで笑うためのものだった。閉園の放送が流れるころ、ライオンは満足げに横たわり、フラミンゴは水面に映る夕焼けを見上げ、カメは石の上でゆっくり息をついた。動物園は今日も、少し変な勘違いを抱えたまま、なぜだかやさしい場所として夜を迎えた。
動物園の観察会
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