エラベノベル堂

校門前の長椅子

全年齢

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3章 / 全10

だが、人数が増えるほどに、ただの昔話では済まない気配も濃くなった。おじいさんたちは毎朝、同じ時刻になると同じ順番で座り、同じ方向を見た。まるで誰かに合図を送っているようで、見ているこちらの胸がそわそわする。先生たちもついに本腰を入れ、職員室では校門前の件が連日の議題になった。 生活指導の先生は 「近所の方なら、正面から事情を聞けばいい」 と言ったが、保健室の先生は 「でも、あの方たち、聞く前に全部見抜いていそう」 と眉をひそめる。生徒会は昼休みに交代で話しかける係を作った。ところが、誰が行っても返事は少しずつ違って、けれど根っこは同じだった。 「昔の約束だよ」 「待つ場所があるだけだ」 「忘れないために来ている」 意味ありげなのに、肝心なところで手をすり抜ける。ある生徒が、勇気を出して 「何を忘れないんですか」 と聞くと、おじいさんの一人は目を細めて笑った。 「笑い声だよ」 その言葉のあと、彼は何も言わなくなった。けれど、隣にいた別のおじいさんが、小さくうなずいた。その仕草は妙にそろっていて、見ている側が思わず息をのむほどだった。 噂はさらに膨らんだ。昔この辺りにあった市場の名残だとか、戦争で離れ離れになった仲間だとか、校舎の下に昔の道が埋まっているだとか、話はどんどん大きくなる。けれど、ある日の下校時間、校門前に集まっていたおじいさんたちが、ふいに古い遊び歌を口ずさみはじめた。誰かが拍子を取ると、別の誰かが声を重ねる。すると、今までばらばらに見えていた人たちが、昔からひとつの輪だったように感じられた。 その輪の中心にいたのは、いちばん口数の少ないおじいさんだった。彼は遠くのフェンスの向こうを見つめ、ぽつりと言った。 「ここは、帰ってくる場所だったんだ」 その瞬間、僕はようやく気づいた。彼らは何かを隠していたのではない。むしろ、消えてしまった景色を、毎朝ひとつずつ確かめに来ていたのだ。見えなくなった広場、いなくなった人、昔の賑わい。その全部を、記憶の中だけでなく、今の朝に置き直そうとしていた。 それから校門前では、妙なことが続いた。おじいさんたちは先生に頼まれて横断の見守りを手伝い、遅刻しそうな生徒には 「急げ、でも転ぶな」 と本気で声をかける。体育館の改修が始まると、昔の祭りを知る人だと紹介されて、飾りつけの相談役まで引き受けた。最初は困惑していた先生たちも、今では半ばあきらめ、半ば楽しんでいる。 校門前のベンチは、いつしか学校の名物になった。朝になると、見慣れないはずの景色を探すように、生徒たちが自然と足をゆるめる。そこにいるおじいさんたちは、今日も同じように座っている。けれど、もう怖くはない。むしろ、あの場所だけ時間の流れが少しだけやわらかくなっている気がした。新学期の不気味な影は、気づけば、毎朝の笑い声にすっかり追い越されていた。

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