エラベノベル堂

校門前の長椅子

全年齢

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5章 / 全10

新学期の朝から奇妙だった校門前は、いつの間にか見慣れた風景になりかけていた。けれど、その日だけは違った。ベンチに座るおじいさんたちの背筋が、妙にそろっていたのだ。帽子の角度、膝に置かれた手の形、遠くを見つめる視線まで、まるで誰かが拍子を取っているように一致している。通りかかった生徒たちは思わず足を止め、僕もその空気に引き寄せられた。 先頭のおじいさんが、静かに立ち上がった。すると、ほかの人たちも同じように立つ。何も言わずに横へ広がり、校門の脇に置かれていた古い木箱を囲んだ。昨日まではただの資材置き場だったはずの箱だ。けれど、一人が手をかけると、ぎい、と乾いた音を立てて開いた。中から出てきたのは、色あせた提灯の骨組みや、折りたたまれた旗、古い記録帳だった。 先生が慌てて近づいたが、おじいさんたちは誰も驚いた顔をしない。むしろ、ずっと待っていたものに触れたような、安心した表情をしていた。記録帳を受け取ったひとりが、ページをめくりながら言う。 「ほらな。やっぱり残っていた」 その一言で、周囲のざわめきがさらに大きくなった。誰が置いたのか、なぜ校門の脇にあったのか、問いは次々に飛ぶ。けれど答えは、いつもの昔話とは少し違った。おじいさんたちは、昔この場所にあった広場の保存会の名残だと名乗り、失われた祭りの手順や並び方、合図の仕方を確認していたのだという。校舎の改築で掘り起こされた地中から、埋もれていた標柱の一部が見つかった。それを見た誰かが、眠っていた記憶を呼び起こしたらしかった。 しかし、話はそこで終わらない。記録帳に挟まっていた一枚の紙を見た瞬間、彼らの顔つきが変わったのだ。そこには、今年の文化祭で使うはずの案内図の下書きがあった。しかも、誰も教えていないのに、校門前の広場跡が、なぜか最初から会場の中心として印をつけられている。先生は首をひねり、生徒会は顔を見合わせた。誰がこんな古い資料を、今の学校行事に紛れ込ませたのか。 おじいさんたちは互いに目を交わし、それから一斉に笑った。 「昔の広場は、集まるだけの場所じゃなかった。人を呼ぶ場所だったんだよ」 その声に重なるように、別のおじいさんが言う。 「だから、呼ばれたら来る」 まるで秘密を明かした直後のような軽さだったが、なおも謎は残った。なぜ彼らだけが、この案内図の意味を知っているのか。なぜ今になって、失われた広場の印が現れたのか。生徒たちは、その答えを探るうちに、地域の古い写真や卒業アルバムまで持ち寄ることになった。そこには、今はもうない石段、提灯の列、笑い合う若い顔が写っていた。校門の前に並ぶおじいさんたちの姿と、あまりにもよく似ている。 やがて生徒会長が気づいた。 「これ、最初から学校行事に組み込まれてたんじゃなくて、組み込ませたかったんだ」 その瞬間、全員の視線がベンチに集まった。先頭のおじいさんは、わずかに肩をすくめた。 「隠してたわけじゃない。忘れられないようにしてたんだ」 驚きは、すぐに笑いに変わった。怖い存在だと思っていた校門前の人たちは、実はずっと昔から、この町の記憶を受け渡していたのだ。文化祭当日、彼らは当然のように準備の中心に座り、提灯の高さを直し、旗の色を選び、迷う生徒に手順を教えた。すると、なぜかその指示がいちばんわかりやすい。 校門前は、今では朝からにぎやかだった。登校する生徒が立ち止まり、先生が苦笑し、おじいさんたちが 「そこは右だ」 と声をそろえる。最初に漂っていた不気味さはもうない。代わりにあるのは、少し変で、少しあたたかい、町の朝の音だった。

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