エラベノベル堂

校門前の長椅子

全年齢

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6章 / 全10

その案内図が出てきた朝、校門前の空気は一段とざわついていた。おじいさんたちはいつものベンチに座っていたが、誰ひとりとして平静ではない。むしろ、長年しまい込んでいた箱をやっと開けたような顔をしている。先頭にいた人が紙の端を指でなぞり、低く笑った。 「これだよ。ようやく見つけた」 先生が問い返しても、答えはすぐには出ない。だが、別のひとりが校門の外を見ながら言った。昔の広場には、ただ集まるだけではなく、年に一度だけ行う合図があったのだという。広場がなくなってからも、その合図を知る者は細々とつながり、記録帳を回し、失われた場所の輪郭だけを守ってきた。だから彼らは毎朝ここに来た。待つためではなく、忘れないために。 けれど、その話の終わりにまた妙なものがあった。記録帳の最後のページに、今の学校名が書き足されていたのだ。しかも筆跡は、どう見ても最近のものだった。誰が、いつ、そんなことをしたのか。生徒会も先生も顔を見合わせる。おじいさんたちは一瞬だけ黙り、それから妙にそろった動きで、同時に隣を見た。 そこにいたのは、事務室の古参職員だった。普段は無口で、誰とも深く話さない人だ。彼は逃げるでもなく、観念したように小さくため息をついた。 「ばれましたか」 その一言で、場の空気がひっくり返った。古参職員は、昔の広場に通っていた子どもの一人だったのだという。おじいさんたちの中には、その頃の遊び仲間もいる。彼だけが学校側の資料を扱える立場にあり、消えかけた広場の名残を、文化祭の企画に紛れ込ませていた。校門前に現れた見慣れない集まりは、偶然ではなく、半分はこの人の仕込みだった。 「じゃあ、最初から仕組まれてたんですか」 生徒の問いに、古参職員は苦笑した。 「仕組んだというほど大げさじゃない。呼び戻しただけだよ。ここは、何もないように見えて、案外いろいろ残っているから」 その言葉を聞いたおじいさんたちが、今度は本当に楽しそうに笑った。怖さの正体は、突然現れた異物ではなかった。町が長く見ないふりをしてきた記憶が、形を変えて校門の前に座っていたのだ。校舎の影、古い石の位置、風の通り道まで、彼らには昔の広場の地図として見えていたらしい。 それからの準備は驚くほど早かった。おじいさんたちは学園祭の進行を手伝い、看板の向きを直し、花飾りの結び方を教えた。ふだん厳しい先生まで、彼らにだけは妙に頭が上がらない。生徒たちは最初こそ戸惑ったが、気づけば指示の一つ一つに従って動いていた。校門前は、朝の待ち合わせ場所から、学校全体を動かす小さな司令塔みたいになっていく。 文化祭当日、広場跡と呼ばれた校門前には、提灯と旗が並び、かつての合図に似た笛の音が響いた。先頭のおじいさんが手を上げると、全員が同時に拍手する。その見事なそろい方に、見物していた生徒たちが思わず吹き出した。古参職員もつられて笑い、ついには自分で太鼓を叩きはじめる。 最初は不気味だったはずの場所が、今ではいちばんにぎやかな入口になっていた。朝には人が集まり、昼には笑い声が広がり、夕方には誰かがまた明日の約束をして帰っていく。校門前のベンチには、今日もあの人たちがいる。けれど、もう誰も不思議には思わない。むしろ、そこに座る姿を見るたび、この町はまだ続いているのだと、少しだけ安心するのだった。

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