エラベノベル堂

校門前の長椅子

全年齢

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8章 / 全10

新学期の朝、校門の前に集まるおじいさんたちの数は、もう誰にも驚かれなくなっていた。ベンチの端にそろって腰を下ろし、同じ時間に同じ方向へ目を向ける。その様子は相変わらず妙だったが、怖さより先に、朝の風景の一部として馴染みはじめていた。 だがその日、彼らはいつもより早く、そして少しそわそわしていた。先頭に座るおじいさんが、校門の外の通りを見て小さくうなずくと、ほかの人たちも一斉に立ち上がった。誰かが来る。そう悟るより早く、古い車が校門の前に止まった。降りてきたのは、地域資料館の職員だった。 職員は深く頭を下げ、分厚い封筒を差し出した。中には、焼け残った古地図と、広場だった頃の写真、そして保存会の名簿が入っていた。僕たちが息をのむあいだに、彼女は淡々と説明した。この町では、ここにあった広場を長く記録から外していた時期がある。再開発の折、便利さを優先して、集いの場所はなかったことにされた。けれど、なくなったのは地面だけだった。人の記憶は、そう簡単に消えない。 おじいさんたちは、その名簿を見た瞬間に顔つきが変わった。そこには、今はもう亡くなった人たちの名前も並んでいる。毎朝ここへ来ていたのは、ただ懐かしんでいたからだけではなかった。広場で交わした合図を、誰かひとりでも忘れないように、順番に確認していたのだという。 「次は、この町の子どもに渡す番だ」 先頭のおじいさんがそう言ったとき、校門前の空気が静かに揺れた。秘密だと思っていたものは、隠し事ではなかった。誰にも見えなくなりかけた記憶を、次へ回すための手渡しだった。 だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。資料館の職員が、封筒の最後の一枚を取り出したとき、そこには今度の文化祭で使う予定の案内図が印刷されていた。しかも、広場跡の位置に印がつき、そこが催しの中心になっている。誰がそんな手配をしたのか問いただす視線が、いっせいにおじいさんたちへ向かうと、彼らはそろって古参職員のいる事務室の方を見た。 しばらくして、事務室の奥から古参職員が出てきた。いつも無表情なその男が、耳まで赤くしている。 「勝手に進めてすまない」 彼もまた、広場で遊んだ子どもの一人だった。消えた場所を戻すには、ただ思い出すだけでは足りない。学校の行事に紛れ込ませ、今の子どもたちの手で使い直してもらう必要があったのだという。だから彼は、少しずつ図面を書き足し、記録を集め、気づかれないように文化祭の中心へ広場跡を置いた。 おじいさんたちは怒るどころか、満足そうに笑った。 「やっと、ここに戻せるな」 その言葉のあと、校門前は不思議なほど明るくなった。生徒たちは古地図をのぞき込み、先生たちは半ばあきれながらも飾り付けの変更を認め、地域の人たちは懐かしそうに足を止めた。広場はもう空き地ではない。けれど、あの場所に人が集まり、声が重なり、笑いが生まれるなら、それは確かに広場だった。 それから準備は急に忙しくなった。おじいさんたちは張り切りすぎて、笛の合図まで持ち出した。ひとりが鳴らせば全員が動き、指示はなぜか一番わかりやすい。最初は不気味だった校門前は、気づけば町じゅうの人が立ち寄る名物になっていた。朝は見送り、昼は案内、夕方は昔話。ベンチの上には、今日も変わらない顔ぶれが並ぶ。 けれど、もう僕たちは知っている。あの人たちはただ座っているのではない。ここで消えかけた時間を、次の朝へ運んでいるのだ。文化祭の最終日、ベンチの前でおじいさんたちがそろって立ち上がったとき、校門の外まで拍手が広がった。最初の不気味さは、最後には、町の誰もが笑うしかないほど温かな騒がしさへ変わっていた。

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