新学期の朝、校門の前には、もう見慣れたはずのおじいさんたちがいた。ベンチの端にそろって腰を下ろし、同じ方向へ顔を向ける。最初に現れた一人は、今では五人に増えている。誰も騒がなくなった代わりに、通り過ぎる生徒たちは、あの人たちの輪に少しずつ目をやるようになっていた。 その日、先頭に座るおじいさんが、珍しく立ち上がった。背筋はぴんと伸びているのに、表情だけがどこか少年じみている。隣の人に短くうなずき、さらにその隣へ視線を送ると、全員が同時に立った。まるで見えない糸でつながっているみたいな動きだった。 「来たな」 誰に向けた言葉なのか分からなかったが、校門の外に停まった小さな車から、ひとりの女性が降りてきた。地域資料館の職員だという。彼女が差し出した封筒の中には、古い写真と地図、そして色あせた名簿が入っていた。そこには、今の学校が建つ前、この場所に広場があったことがはっきり記されていた。祭りの日には屋台が並び、夕方には子どもが走り回り、近所の人たちが何気ない話をするために集まっていた場所だという。 おじいさんたちは、写真を見た瞬間に目を細めた。若いころの自分たちが写っているのを見つけた者までいる。驚くほど自然に、懐かしさが口をついて出た。 「ここで待ち合わせをしていたんだ」 「遅れたやつは、あの木の下で叱られた」 「昔は、朝から笑い声が絶えなかった」 それでも、まだひとつだけ説明のつかないことがあった。彼らはただ思い出しているだけではない。視線の動きも、立ち上がるタイミングも、まるで打ち合わせ済みのようにそろっている。生徒会長が恐る恐る尋ねると、先頭のおじいさんは少しだけ肩をすくめた。 「忘れないためだよ。人は場所を失うと、集まる癖まで失くしちまうからね」 その言葉に、校門前の空気が静かに変わった。秘密を隠していたのではなく、消えかけた習慣を手放さないようにしていたのだ。けれど、驚きはまだ終わらない。資料館の封筒の最後に、今年の文化祭の案内図が入っていた。しかも、広場跡に印がつき、そこが催しの中心として示されている。 誰がこんな準備をしたのかと視線が集まった先で、事務室の古参職員が観念したように出てきた。いつも無口な男だ。彼は昔、この広場で遊んでいた子どもだったという。消えた場所を学校行事の中へ戻すため、少しずつ図面を書き足し、資料を集めていたのだ。 「ここは、何もないようで残っている。なら、使い直せばいい」 その一言で、すべてがつながった。おじいさんたちが校門前に集まっていたのは、ただ懐かしんでいたからではない。広場の記憶を、今の朝へ渡し続けていたのだ。怖く見えた統一感も、妙な沈黙も、合図のような動きも、失われた場所を呼び戻すための習慣だった。 文化祭の準備は、そこから急に忙しくなった。おじいさんたちは当然のように中心へ入り、旗の色、提灯の並べ方、通路の幅まで口を出す。最初は戸惑っていた先生たちも、すぐにその手際の良さを認めた。生徒たちは、古い写真と今の校舎を見比べながら、ここに確かに広場があったのだと実感する。 当日になると、校門前は朝から笑い声でいっぱいになった。最初は不気味だったベンチが、今では待ち合わせの名所になっている。遅刻ぎりぎりで駆け込む生徒に、おじいさんたちがそろって 「転ぶなよ」 と声をかけると、注意された本人ですら吹き出した。古参職員は太鼓を任され、先生までもが案内役として駆り出される。 開会の合図が鳴ると、ベンチにいたおじいさんたちが一斉に立ち上がった。 「さあ、始めるぞ」 その声は、もう怖くなかった。昔の広場の朝が、今の学校の朝へ重なって聞こえた。最初の不気味さは、最後には、町の人も生徒も巻き込んだ、やけに温かな騒がしさに変わっていた。校門の前は、今日も少し変で、そしてとてもにぎやかだった。
校門前の長椅子
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