焚き火の火は、祠の石よりずっとやわらかく光っていた。ぱち、と小さくはぜるたび、結奈の横顔が赤く染まって、さっきまでの森の冷えが少しだけ薄れていく。 「ここまで来れば、少し休めそうだね」 結奈はそう言って、布袋から折りたたんだ紙を取り出した。地図だ。端は擦り切れていて、何度も広げた跡がある。俺は火のそばを避けつつ、その紙の上を跳ねて覗き込んだ。 おかしい。 道は描かれているのに、森の端が曖昧だ。村から祠までの線はあるのに、その先がぼやけて、境界の位置が定まっていない。踏み込める場所と危ない場所の区別が、わざと隠されたみたいだった。 「どうしたの?」 結奈が首をかしげる。 俺は紙の端を示すように、ぽん、と跳ねた。さらに、境目らしいところで二度跳ねる。 「え、そこが変ってこと?」 結奈は目を丸くして、地図を焚き火にかざした。だが、明かりに透かしても、線はやはり曖昧なままだった。 「この地図、古いのかな。村の人が持たせてくれたけど、森の中がざっくりしすぎてる」 俺は、祠で見た標章を思い出した。輪の印。枝のような線。あれは、ただの飾りじゃない。森の中心に向かう何かの手がかりだ。 すると結奈も、地図の中央に指を置いた。 「私も、村の言い伝えを思い出した。森の奥に、封印みたいな場所があるって」 封印。その言葉に、焚き火の音が一瞬だけ遠のいた気がした。 「でも、場所は曖昧でさ。誰もちゃんと教えてくれないの。怖がらせるみたいに、近づくなって言うだけ」 俺は地図の曖昧な森の中へ、小さく跳ねてから、中心へ向けてもう一度跳ねた。答えは完全じゃない。けれど、進むべき方角だけは示せる。 結奈はしばらく黙っていたが、やがて息を吐いた。 「……君も、全部は知らないんだよね」 その言い方に、責める響きはなかった。俺は一度だけ跳ねて返す。そうだ。俺はこの森のことを知らない。封印のことも、標章の意味も、まだ断片しか持っていない。 でも、結奈も同じだ。地図は持っているのに、境界が足りない。俺は見えても、言葉がない。 「だったら、足りないところは埋め合えばいいのか」 結奈が小さく笑った。怖がっていた時の硬さが、少し溶けている。 「君が森の印みたいに動いてくれるなら、私が地図を見る。私が見落としたものは、君が教えて」 俺は、焚き火の光を受けてぴかりと反射した。まるで、それが返事みたいに。 結奈は地図を丁寧に折り直し、ポケットではなく袋の一番上にしまった。 「行こう。森の中心へ。封印が本当にあるなら、確かめたい」 その声は震えていたけれど、もう怯えだけではなかった。俺もまた、跳ねる力に意志を乗せる。 曖昧な地図。足りない記憶。けれど、だからこそ進めるのかもしれない。 焚き火の向こうで、森は静かに闇を深くしていた。俺たちはその暗さを見つめたまま、次に行く道を同じ方へ定めた。
金属スライム、森を守る
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