焚き火の残り香は、まだどこかに薄く漂っていた。だが、森の奥へ進むほど光は消え、木々の間に沈む闇が濃くなる。俺は結奈の足元を見失わないよう、時折ぴかりと反射しながら跳ねた。 「……静かだね」 結奈が小声で言う。俺も同感だった。静かすぎる。風すら、封印の場所を避けているみたいだ。 やがて、地面の感触が変わった。柔らかい土ではなく、踏み固められたような冷たい石の気配。俺はその中心へ近づき、縁をなぞるように跳ねた。すると、見えない糸を引くように、空気がかすかに揺れた。 「なに、今の……」 結奈が息を呑む。 俺はもう一度、別の角度から跳んだ。今度は、揺れがはっきりした。周囲の闇の中に、細い流れがいくつも走っている。流れは石の中心へ集まり、また森の四方へほどけていく。まるで巨大な呼吸だ。 そうか。 封印石は、ただ閉じ込めるためのものじゃない。森の力を集めて、散らして、均している。ここは鎖じゃない。守りの結び目だ。 俺がその場で固まると、結奈が小さくしゃがみ込んだ。 「どうしたの? 何か見えた?」 見えた。けれど、うまく言えない。俺は封印石の周囲をぐるりと回り、流れが集まる場所を示すように何度も跳ねた。結奈はしばらく見つめ、それから目を見開く。 「これ、森そのものが守ってるってこと?」 その問いに、俺は強く一度跳ねた。 結奈の顔から、色が少し引いた。驚きと、理解と、そして別の何かが混ざっている。 「じゃあ、人が近づくほど危ないんじゃなくて……近づけ方を間違えたら、森が乱れるの?」 俺は答えの代わりに、石の周囲の流れを避けるように身を沈めた。守りの役目を持つものを、敵だと決めつけてはいけない。そんな思いが、少しずつ胸の奥に固まっていく。 そのときだった。 森の外側から、金属が擦れるような音がした。 結奈が身をすくめる。 「だれ……?」 俺は即座に低く跳ね、石陰へ移った。闇の向こう、いくつかの灯りが揺れている。人だ。しかも、一人や二人じゃない。 討伐隊。 その言葉が、理由もなく頭に浮かんだ。長い時間をかけて準備された刃の気配。森を切り開くための足音。 結奈の指先が震える。 「わ、私、どうしたら……」 怖がっている。だが、今ここで正面からぶつかれば、封印石の流れまで乱れる。戦うのはだめだ。弾くだけでは足りない。 俺は考えた。音。光。俺の身体は光を返せる。石に当たる音も、意図して響かせられる。 そうだ、正面じゃない。 気づかせる場所をずらせばいい。 俺は結奈に近づき、石を三度、小さく叩いた。次に、闇の奥へ向けて跳ね、わざと明るい角度で光を返す。ぽん、と乾いた音。少し遅れて、もう一度。反射した光が木々の間を走り、灯りの輪郭をにじませる。 「……誘ってるの?」 結奈が呟く。 俺は返事の代わりに、さらに高く跳ねた。音を散らし、光を散らし、こちらではない方へ注意を引く。森の呼吸を乱さないように、けれど確実に、耳と目をそらすために。 遠くで、誰かが立ち止まる気配がした。 俺はもう一度だけ、封印石の周囲を弾くように回る。まだ来るな。ここは、壊す場所じゃない。守る場所だ。 闇の中で、灯りがゆっくりと揺れた。
金属スライム、森を守る
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