騒動が収まったあと、森にはひどく深い静けさが戻っていた。折れた枝の匂いも、焦げた土の熱も、夜露に溶けるように薄れていく。けれど俺の内側では、まだ何かが鳴っていた。あの混乱の中で、逃げることより先に体が動いた感覚だ。守る、という行為が、こんなにもはっきり自分の輪郭を変えるとは思わなかった。 小屋の前では、セリアが子どもたちの寝顔を見守っていた。兄妹は疲れ切って眠っている。彼女は俺を見ると、ほっとしたように肩を落とした。 「無事でよかった」 その一言だけで、体の隅々まで満ちていた緊張がほどけた。 翌朝、街から薬師と護衛が訪れた。森の水路が開き、魔物の流れが落ち着いたと聞いて、確認に来たのだという。先頭の男は、最初こそ俺を見て眉を寄せたが、セリアが事情を話すうちに表情を変えた。古い地図の上に、俺が案内した安全な道や危ない場所の印が重ねられていく。それを見た薬師は、感心したように息を吐いた。 「この子がいなければ、ここまで整えられなかったでしょう」 子、と呼ばれて、少しだけくすぐったかった。珍しい存在として見られることは、もう嫌ではない。けれど、珍しさだけで終わらない言葉は、もっと嬉しい。 それから数日、森と街の往来は少しずつ増えた。傷んだ橋の代わりに仮の踏み石が置かれ、水場へ向かう道には風除けの石が積まれた。俺はその一つひとつを確かめ、ずれた石を押し戻し、沈みやすい土を先に知らせた。人の手では見落としそうな細かな危険も、俺にはわかる。転がるだけで役に立てるのなら、それでいいと思えた。 ある夕方、セリアが小さな布袋を差し出した。中には、磨かれた銀の欠片と、乾燥させた森の木の実が入っている。お守り代わりだという。 「あなたがここにいるって、わかる印にしたいの」 俺は袋のそばで小さく震えた。すると彼女は笑い、そっと俺の表面に指先を乗せた。冷たいはずの金属の体が、なぜかそのときだけ温かく感じた。 夜になると、街の方角に新しい灯が見えた。森の入口に立てられた明かりだ。迷い込まないための合図であり、危険を知らせる目印でもある。俺は屋根の上からそれを見下ろし、静かに身を丸めた。かつては、自分がどこにも属さない気がしていた。だが今は違う。ここには役目がある。迎える道も、送る道もある。 珍しい金属のスライム。そう呼ばれても構わない。けれど、もうそれだけではない。森を荒らすものを惑わせ、街へ続く道を整える、小さな守り手だ。 風が吹き、銀灰色の表面に月の光が流れた。俺はその光を受けながら、森と街のあいだにある境目へ、ゆっくりと身を滑らせる。まだ知らない明日が来ても、今度は逃げるためではなく、誰かをつなぐために進める。そんな予感が、静かに胸の奥で形を持ちはじめていた。
金属スライム、森を守る
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