霧は薄いようで、足元を奪うには十分だった。崖へ続く細い道に、隊列の灯りがいくつも滲んでいる。先頭も後続も、森の輪郭を見失っていた。俺は封印石の欠片のそばから跳び出し、わざと光を返した。 ぴかり。 一瞬だけ、灯りがこちらに寄る。だが、俺は次に霧の濃い方へ跳ねた。月のない空の奥から、かすかな光が差す。岩肌に当たって散ったそれが、俺の身体でさらに跳ね返り、白い筋になって伸びた。 「今、何か見えたか?」 「道だ、こっちに……」 隊の声がざわつく。よし、まだ誘導できる。俺は崖道の縁を小さく叩き、音を細く連ねた。ここは安全じゃない。けれど、真っ直ぐ押し切れば人も森も崩れる。なら、下へ降ろすしかない。 結奈が後ろから息を呑むのがわかった。 「だめ、そっちは……」 言葉が遅い。だが、俺は彼女の気配に合わせて、霧の切れ目へ跳ねた。光が俺の体で跳ね、そこに、もう一つの道が浮かぶ。まるで最初からあったみたいに、白く細い踏み跡だ。 「幻……?」 誰かが呟く。そう、幻だ。正しい道ではない。けれど、見失わせるための嘘でもない。崖沿いの足場を外し、隊を安全な谷へ寄せるための、ぎりぎりの筋だ。 俺は反射を重ねた。霧に映す。岩に映す。濡れた葉に映す。すると、崖の先が遠くへ伸びて見える。浅い斜面があるように、深い谷がないように。人の目は、たやすく騙される。 「隊長、前に道が……」 「止まれ、足元を確認しろ!」 遅い。だが、それでいい。勢いを削げば、崖へ押し込まれない。俺は最後に強く跳び、夜空の光を受けた。眩しいほどの反射が走り、先頭の数人が思わず目を閉じる。 その隙に、足音が逸れる。重い靴音が、崖道ではなく、ゆるい谷筋へと吸い込まれていった。 「……下だ。落ち着け、下へ寄れ」 隊長の声がかすれる。完全には止まらないが、進軍の角度が変わった。森の喉元を押し切る刃が、少しだけ横へそれる。 俺は霧の中で小さく震えた。光を使いすぎた。身体の奥が熱い。けれど、まだ終わっていない。谷へ導き切るまで、倒れるわけにはいかない。 結奈が俺のすぐ後ろで、かすかに声を漏らした。 「……すごい。君、森を守ってるんだね」 返事はできない。けれど、俺はもう一度だけ跳ねた。霧の向こうで、討伐隊の灯りが細く揺れ、崖道から外れていく。その先に待つ谷の暗さを、彼らはまだ知らない。
金属スライム、森を守る
全年齢小説ID: cmnffm0kx001301o7v1dyfk5q
