昼休みの終わりが近づくころ、莉帆は掲示板の前で深く息を吐いた。朝礼の余韻がまだ校内に残っていて、廊下のざわめきさえ三人分に分裂して聞こえる気がする。 「よし。ここで整理する」 隣で新田が腕まくりをしながら頷いた。 「整理っていうか、もう裁判資料だな」 「言い方」 莉帆は苦笑しつつ、手元の紙を掲示板に押し当てた。午前中の職員室前で聞こえた言葉、廊下での巡回のしかた、保護者から届いた問い合わせへの返事。ひとつひとつを並べると、三人の癖は驚くほどはっきりしていた。 黒田は規律。校則、時間、順番。迷いなく線を引く。 森は対話。生徒の顔色を見て、相手の言葉を受け止める。 橘は現場対応。問題を見つけた瞬間に動き、止まらない。 「ほら、これ」 新田が覗き込んで指を鳴らした。 「黒田先生は規律担当、森先生は調整担当、橘先生は現場担当。ぴったりだろ」 「ぴったりすぎて、本人たちが嫌がりそう」 「絶対嫌がる」 莉帆はそう言いながらも、表の左上に大きく校長運用表と書き込んだ。役割を分けるだけなら簡単だ。だが、この三人は簡単を許さない。 「よし、貼るぞ」 「待って。まだ確認してない」 「確認したら、余計に揉める気がするけど」 それでも二人で掲示板に並べると、紙は妙に立派に見えた。黒田には規律の欄、森には対話の欄、橘には現場判断の欄。その下には、会議の進め方、朝礼の担当、来客時の対応まで、できるだけ具体的に書き分けてある。 「これで、少しは回るはず」 莉帆がつぶやいた、そのときだった。 「何だこれは」 背後から低い声が落ちる。 振り向くと、黒田が眉間に皺を寄せ、森が目を丸くし、橘が腕を組んだまま紙面をにらんでいた。 「校長を分類したのか」 黒田の声が一段低くなる。 「分類ではありません。運用です」 莉帆が答えると、森が困ったように笑った。 「なるほど、役割を見えるようにしたんですね。でも、私はもう少し柔らかい方がいい気がします」 「柔らかい必要はない」 黒田が即座に切り捨てる。 橘は掲示板を指で叩いた。 「現場担当って何だ。雑用係みたいじゃないか」 「雑用ではなく、即応です」 「同じだろ」 「違います」 莉帆が食い下がると、三人の視線が一斉にぶつかった。運用表は、助け舟どころか、火種に見えたらしい。 新田が小さく息を呑む。 「やばい。今の、たぶん逆効果だ」 「でも、必要なんです」 莉帆は引かなかった。 「このままだと、学校の基準が毎回変わります。みんな困ってるんです。だから、得意なことを担当してもらわないと」 黒田は沈黙し、森は目を伏せ、橘は鼻を鳴らす。 その反応だけで、表が正しいのだと莉帆にはわかった。正しいからこそ、三人は反発する。 掲示板の紙が、廊下の風でかすかに揺れた。けれど運用表は破られない。ここから先は、これをどう使わせるかの問題だ。 「……少なくとも、貼っておく価値はあります」 森がぽつりと言った。 その一言に、莉帆はほんの少しだけ救われた気がした。
三校長と女子高の日々
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