体育館の空気は、運用表を掲げたときよりずっと生き物じみていた。三つの壇上に立つ三人の校長へ、生徒たちの視線が交互に飛び、期待と警戒と面白がりが入り混じっている。 「では、文化祭について」 莉帆の合図で、黒田が最初に進み出た。声は硬いが、言葉は簡潔だった。 「準備の遅れは許しません。展示の安全管理を最優先に。無駄な装飾は削ること」 「削りすぎると、文化祭の意味が薄れるでしょう」 すぐに森が穏やかに補う。 「見栄えも大切です。来た人が楽しいと思える形にしましょう」 そこへ橘が片手を振り上げた。 「楽しいなら任せろ。思い切り目立つ企画にしようじゃないか。勢いが足りないと人は来ない」 前列で、誰かがぷっと吹き出した。 黒田の眉がわずかに動く。 「目立つことと、騒ぐことは違う」 「現場を回すには勢いだと言っている」 「勢いだけでは事故になる」 「事故を起こさないように動くのが現場だ」 言い合いが一段だけ熱を帯びた、その瞬間、森が両手を軽く広げた。 「まあまあ。まずは役割を分けましょう。黒田先生は管理、橘先生は進行、私は相談窓口で」 その一言で、体育館に小さな拍手が起きる。笑いも混じって、空気が少しやわらいだ。 次は部活予算の説明だった。黒田は金額の根拠を細かく詰め、橘は 「必要なところに回せばいい」 と即断を迫り、森は各部の事情を聞き取る形でまとめる。どれも間違っていないのに、並べると妙にかみ合わない。 「削るのか、増やすのか、どっちですか」 後方の生徒が半ば本気で尋ねると、黒田が即答した。 「無駄を削る」 橘がかぶせる。 「足りないなら増やす」 森が苦笑する。 「必要な分を見て決めましょう」 今度は会場じゅうに笑いが広がった。予算の話で笑う体育館など、そうそうあるものではない。 だが、保護者会の説明に移ると空気が少し締まる。黒田は丁寧さより明確さを求め、橘は難しすぎる説明を嫌がり、森は保護者の不安に寄り添おうとする。三人とも思いは学校のためなのに、向いている方向が微妙に違う。 「要するに、どう受け取ればいいんですか」 莉帆が横から助け舟を出すと、森が微笑んだ。 「心配はいりません、ということです」 「もっとはっきり言え」黒田が言い、「もっと明るく言ってくれ」と橘が続けた。 その間に森が少し困った顔で立ち位置を変え、二人の間に滑り込む。 「桜丘女子高校は、保護者の皆さんにも安心していただけるように努めています。そういうことです」 拍手が起きた。今度はかなり素直な拍手だった。黒田は不満げに腕を組み、橘は笑って肩を回し、森だけがほっと息をつく。 莉帆はその様子を見ながら、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。ぶつかるたびに森が収める。そのたびに生徒は笑う。笑いが重なるたび、三人の違いは厄介さだけでなく、妙な見どころになっていく。 「……これなら、試験導入としては悪くないかも」 隣にいた新田が小声で言う。 「悪くないどころか、かなり回ってる」 「回ってるけど、落ち着かない」 「そこはもう、うちの校長たちだから」 莉帆がそう返したとき、壇上の橘が勢いよく胸を張った。 「よし、次だ。もっと会場を温めよう」 黒田が即座に睨む。 「温めすぎるな」 森が笑い、体育館のあちこちでもまた笑いが起きる。 それを見上げながら、莉帆は思った。やっぱりこの学校は、ただ静かにまとまる形では終わらない。けれど、まだこの先に何が待っているのかまでは、誰も知らない。
三校長と女子高の日々
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