エラベノベル堂

三校長と女子高の日々

全年齢

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6章 / 全10

正式な視察が終わったあと、講堂に残った空気は、しばらく言葉を忘れたように静かだった。けれどその静けさは、先ほどまでの張りつめた沈黙とは違う。肩の力が抜け、互いの呼吸を確かめるような、柔らかな余韻だった。 老校長は、舞台袖に置かれた花瓶の角度を見て、ほんの少しだけ表情をゆるめた。若い校長は、担当者が残したメモの端を指で押さえながら、すぐに改善案を思いついた顔をしていた。中堅校長は、最前列の椅子が一脚だけずれているのに気づき、無言でそっと戻した。その動きがあまりにも自然で、紗季は思わず小さく笑ってしまった。 「これで、終わりじゃないんですね」 彼女の言葉に、三人は同時に振り向いた。 老校長がゆっくりうなずく。若い校長が先を促すように目を細める。中堅校長は腕を組み、だが以前のような険しさはもうなかった。 「むしろ、ここからだろう」 老校長の声は低く、けれどやけに穏やかだった。 「制度として認められた以上、私たちは自分の役割を果たさねばならん。威厳だけでは学校は立たないが、骨組みがなければ何も始まらない」 若い校長がすぐに言葉を継ぐ。 「変化も同じです。認められたから終わり、ではない。生徒がもっと挑戦できる仕組みを作る。外に向けて開く。学校は生き物みたいに更新されていくべきです」 中堅校長は、少し遅れてそれに続いた。 「そのためには、日々の手入れがいる。机の傷ひとつ、靴箱の乱れひとつ、見逃さないことだ。派手さはなくても、土台が崩れれば全部が台無しになる」 三人の言葉は相変わらず違っていた。けれど今は、ぶつかるのではなく、並んでひとつの形を作っているように聞こえた。紗季は胸の奥が温かくなるのを感じた。あの春、手違いで集められた三人が、ここまで来たのだ。 その日の午後、職員室ではさっそく新しい役割分担が貼り出された。老校長は式典と校内規範、若い校長は広報と新規企画、中堅校長は日常運営と生徒対応を中心に受け持つ。無理に一枚岩になるのではなく、それぞれの色を隠さず、重ならないところで支え合う。誰かが欠ければ学校の音が少しずつ細くなる。だが三人が揃えば、驚くほど厚みのある響きになる。 次の朝礼では、最初に老校長が背筋の通った挨拶をし、続いて若い校長が新しい年度計画の話をした。最後に中堅校長が、寒くなるから防寒具を忘れないようにと告げる。生徒たちは笑いをこらえながら聞き、やがて自然に拍手が起こった。もう驚きではなかった。むしろ、この流れが心地よかった。 校舎の窓に冬の光が差し込み、白い床を静かに照らす。紗季は仲間たちと顔を見合わせ、そっと息を吐いた。聖リリア女子高は、最初の混乱を越えて、今では三人の校長がいること自体を誇りにしている。 そして三人の校長もまた、ようやく同じことを理解した。正しさは一つではない。だが、違う正しさが並んだとき、学校は思いがけないほど強く、明るくなる。春に始まった珍事は、いつの間にか、この場所だけの奇跡になっていた。

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