エラベノベル堂

三校長と女子高の日々

全年齢

小説ID: cmnfnpeba001q01o768byxlu1

7章 / 全10

春が少しだけ先走って、校庭の木々に若い芽を浮かべ始めたころ、聖リリア女子高には再び落ち着かない空気が流れた。教育委員会から、正式な担当者が学校運営の最終確認に来るという通知が届いたのである。視察の目的は明白だった。この異例の体制を続けるのか、それとも三人の校長のうち一人に絞るのか。職員室に封書が置かれた瞬間、紙の白さまで冷たく見えた。 老校長は黙って封筒を戻し、若い校長はすぐに資料を取り寄せようとし、中堅校長は教室の授業時数と行事予定を同時に確認し始めた。だが、その夜の会議で三人の言葉は初めて本気でぶつかった。老校長は、学校には一本の背骨が必要だと主張した。若い校長は、変化を恐れていては生徒は伸びないと言い返した。中堅校長は、理念がどれほど立派でも、日々の運営が崩れれば意味がないと譲らなかった。 声は次第に鋭くなり、会議室の空気は張りつめた。誰も間違っていない。だからこそ厄介だった。三人とも、この学校を良くしたいだけだったからである。だが、その夜に限っては、互いの正しさが相手の居場所を狭めてしまっていた。 翌朝、生徒会長の紗季が、ひとりで職員室を訪ねてきた。彼女は青ざめた三人を見ても怯まず、静かな声で話し始めた。最初は困惑したこと、でも今ではこの学校が少し好きになったこと、そして何より、三人の校長がいたからこそ救われた生徒がたくさんいることを、ひとつずつ挙げていった。 人前で話せなかった一年生が、委員会活動で自分の意見を言えるようになったこと。進路に迷っていた三年生が、誰かに背中を押されて前を向いたこと。朝が苦手だった生徒が、老校長の厳しい挨拶で姿勢を正し、若い校長の企画で挑戦する楽しさを覚え、中堅校長の気づかいで安心して過ごせるようになったこと。校内の笑顔は増え、学年を越えた声かけも当たり前になったこと。 紗季の話が進むにつれ、三人の表情から少しずつ角が取れていった。老校長は目を閉じ、若い校長は組んでいた腕をほどき、中堅校長は窓の外に流れる雲を見上げた。そこでようやく、三人は気づいたのである。自分が学校の中心だと思っていたが、実際には、中心を守っていたのは三人の違いそのものだったのだと。 威厳が生徒に姿勢を教え、改革が未来を開き、現場力が日常を支える。どれか一つでも欠ければ、この学校は今の形にならなかった。三人はそれぞれの正しさに縛られていたのではなく、支え合うことを忘れかけていただけだった。 視察の日、講堂には生徒と教師が整然と並んだ。担当者が壇上に上がると、三人の校長は初めて完全に役割を分けて応対した。老校長は学校の理念と式典のあり方を説明し、若い校長はこれまでの改革と生徒の反応を伝え、中堅校長は安全管理と日常運営の実績を淡々と示した。三人の言葉は別々なのに、不思議と一本の線のようにつながっていた。 担当者はしばらく資料をめくったあと、静かにうなずいた。特例として、役割分担つきで三人の校長を存続させる。条件は、管轄を明確にし、定期的に連携を行うこと。その一言が落ちた瞬間、講堂のあちこちで、こらえきれない息がこぼれた。 老校長はほんの少し口元を緩め、若い校長は目を輝かせ、中堅校長は深く息を吐いた。誰かが先に拍手し、次の瞬間には全体が温かな音で満ちた。紗季はその音を聞きながら、春に始まった手違いが、もう笑い話ではなく学校の誇りになっているのだと知った。 その日から聖リリア女子高は、以前よりもはっきりした顔を持つようになった。朝は老校長の背筋の通った言葉で始まり、昼には若い校長が新しい企画を持ち込み、夕方には中堅校長が細かな不便を拾い上げる。三人はようやく互いを認め合い、肩書きではなく役割で学校を支えるようになった。 生徒たちは胸を張って言う。うちの学校には校長が三人いるのだと。最初は手違いだったその事実は、今ではこの学校だけの誇りになっていた。聖リリア女子高は、威厳と改革と現場力が同じ屋根の下で響く、少し変で、少し眩しい場所になったのである。

7章 / 全10

TOPへ