エラベノベル堂

三校長と女子高の日々

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8章 / 全10

教育委員会の正式な担当者が来る日、聖リリア女子高は朝から妙に静かだった。静かすぎて、かえって緊張が廊下の壁にまで染みているようだった。三人の校長は、それぞれ違う場所でその報せを受け止めていたが、誰も同じ顔ではなかった。 老校長は講堂の壇上を見上げ、校章の位置を確かめるように目を細めた。若い校長は資料棚を次々に開き、改革の成果を一枚ずつ並べ始めた。中堅校長は職員室の時計と窓の外の動きを見比べ、視察当日の導線を頭の中で組み直していた。三人とも、ここで答えを出さなければならないことを理解していた。誰か一人を残すのか。あるいは、この異例の体制を解くのか。 午後の緊急会議で、空気はすぐに硬くなった。 「学校には芯が必要だ」 老校長の声は低く、揺れなかった。 「芯だけでは、今の生徒は動かない」 若い校長はすぐに返した。 「動かす前に、毎日の流れを止めるな。現場が崩れたら全部終わる」 中堅校長は机を軽く叩いた。 言葉はぶつかり、火花のように散った。だが今回ばかりは、いつものように生徒会が間に入って笑いに変える余裕もなかった。三人は初めて、自分の立場そのものを守ろうとしていたのである。 翌朝、生徒会長の紗季が職員室に現れた。彼女は少し青い顔をしていたが、逃げなかった。 「お願いがあります」 その一言から、紗季はゆっくり話し始めた。最初は三人の校長がいるなんて変だと思ったこと。朝礼で迷い、規則で迷い、行事で迷ったこと。それでも、気づけばこの学校が好きになっていたこと。そして、三人がいたからこそ救われた生徒がいたことを。 人前で声が出せなかった一年生が、若い校長の後押しで委員会の発表をやり遂げた。厳しい家庭の空気に押しつぶされそうだった三年生が、老校長の一言で背筋を伸ばし、自分の進路を選び直した。体調を崩しがちだった子が、中堅校長の細かな気づかいで安心して通えるようになった。派手ではなくても、確かに学校は変わっていた。 紗季の話が進むたび、三人の表情が少しずつ変わった。老校長は視線を落とし、若い校長は早口をやめ、中堅校長は深く息を吐いた。自分が正しいかどうかに囚われていたが、見落としていたものがあった。生徒たちは、三人の違いを困りごととしてではなく、選べる安心として受け取っていたのだ。 視察当日、担当者は講堂で整列した生徒たちを見て、まず眉を上げた。整っている。しかも、どこか活気がある。壇上に並んだ三人の校長は、今度ははっきり役割を分けて応対した。老校長は学校の理念と式典の重みを語り、若い校長は改革の成果と新しい試みを説明し、中堅校長は安全管理と日常運営の実績を淡々と示した。三つの説明は別々なのに、聞いているうちに一本の線でつながっていく。 担当者はしばらく黙って書類を見返していたが、やがて意外なほどあっさり言った。 「現状維持ではなく、正式な分担体制として認めます。三人の校長を存続させる。ただし、管轄は明確にし、定期連携を義務づけること」 講堂の空気が、一瞬止まった。次の瞬間、誰かが小さく拍手をした。それは波のように広がり、やがて大きな音になった。 老校長は驚いたように目を瞬かせ、次にほんのわずか口元を緩めた。若い校長は思わず笑ってしまい、中堅校長は天井を見上げて深く息を吐いた。三人はようやく、自分たちが奪い合うべき席ではなく、支え合うための席に座っていたのだと知った。 その帰り道、紗季は校舎の窓に映る三つの影を見上げた。威厳、改革、現場力。最初は手違いだったはずの三つが、今ではこの学校の輪郭になっている。 そして誰も予想しなかったのは、教育委員会の担当者が最後にこう付け加えたことだった。 「実は、次年度から同じ形式を他校でも試す予定です。手本は、こちらの学校になりました」 紗季は思わず足を止めた。聖リリア女子高は、もう珍しい学校ではない。いつのまにか、学校改革のモデルにされるほどの場所になっていた。生徒たちはその事実を聞けば、きっと胸を張るだろう。校長が三人いる学校だと。 春に始まった混乱は、思いがけない転機を越えて、誰も想像しなかった誇りへと変わっていた。

8章 / 全10

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