エラベノベル堂

三校長と女子高の日々

全年齢

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9章 / 全10

準備本部の机の上には、色の違う付箋がびっしりと貼られていた。展示の配置図、来賓用の動線、当日の進行表。紙の山は高いのに、不思議と乱雑ではない。むしろ、三人の校長がそれぞれ勝手に手を入れたせいで、やたら実戦的な気配を放っていた。 「ここ、展示の見せ方はもう少し派手でいい」 橘が配置図を指で弾く。 「派手にしすぎると、来賓の導線が詰まります」 黒田が即座に切り返す。 「詰まらないように回すのが進行だろう」 森は苦笑しながら、進行表の端を押さえた。 莉帆はそのやり取りを見ながら、思わず新田に目を向ける。 「なんか、最初よりずっと具体的になってない?」 「まあな。三人とも、自分の評判がかかってるから」 新田が肩をすくめる。 展示の確認は黒田が細部まで目を通し、来賓対応は森が名札の並びまで整え、進行管理は橘が現場を歩き回って詰めていた。ぶつかるたびに言い合いになるのに、結論だけは妙に早い。あれほど譲らなかった三人が、今は企画のためにだけは手を貸している。 「白石さん」 森が莉帆を呼んだ。 「来賓の案内、最初は私が出ます。途中で黒田先生に引き継ぐ形にしておけば、全体の印象も締まるでしょう」 「締めるのは私だ」 黒田が言う。 「いや、現場の空気を動かすのは私だ」 橘が即座に乗る。 莉帆は笑いそうになって、ぐっと堪えた。 「じゃあ、引き継ぎのタイミングだけは統一してください。そこで毎回止まると、来賓の人が迷います」 「了解」 三人の声が、珍しくぴたりと重なる。 その一瞬に、莉帆は妙な違和感を覚えた。もう誰も、ここから一人に戻ることを前提に話していない。 「ねえ」 莉帆が少しだけ声を落とすと、三人の視線が集まった。 「結局、どうするつもりなんですか。文化祭が終わったら、また元に戻すんですか」 黒田は一拍置いてから答えた。 「戻す必要があるのか」 森は穏やかに笑った。 「学校が回るなら、それでいいでしょう」 橘は腕を組み、口元だけを吊り上げる。 「今さら一人に絞る方が、よっぽど無駄だろ」 莉帆は言葉を失った。三人は明言しない。けれど、もうはっきり伝わってくる。正式な一人に収まる気は、誰にもない。 机の上で、来賓動線の赤い線が春の光を受けて光っている。 この学校は、ここで静かに元へ戻る場所じゃない。 莉帆はそう悟って、そっと息を吐いた。 「……ほんと、後戻りできないんですね」 「今さらだ」 黒田が短く言い、森が小さく頷き、橘が笑った。 準備本部の空気は、打ち合わせの音と紙の擦れる音だけを残して、もう次の騒ぎを待っていた。

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