「あとで合流って、今すぐってことじゃないのか……」 美里は自分にそう言い聞かせながらも、目の前の人波を見て足を止められなかった。船乗り場の案内板の前には、同じような帽子をかぶった団体客が集まっていて、誰かが振り向くたびに、もうその輪のひとつに入ってしまった気がしたのだ。 「すみません、こっちでよかったですか」 「え、ああ、はい。こちらです」 声をかけられたのは、腕章をつけた人だった。美里は反射でうなずき、そのまま列の端へ寄る。すると前方で、少し慌てたような声が飛んだ。 「連絡がつかない。ガイドさんに伝えて、先に一部だけ案内を始めてくれ!」 「えっ」 美里がきょとんとした顔を向けた瞬間、近くにいた係の人が彼女を見た。 「君、手が空いてるなら、これ持って。番号、読めるよね」 「は、はいっ」 渡された紙には、短い連絡事項が並んでいた。美里は意味を取り違えないように、ひとつずつ確かめる。船の順番、集合位置、遅れている人数。覚えるというより、ほどけた紐を順に結び直すみたいだった。 「えっと、次はこの団体さんを先に、乗り場の右側へ……」 「そうそう。落ち着いてるね」 「いえ、全然、そんなこと」 本人は必死で口の中がからからなのに、周囲は妙に安心した顔をする。美里は案内板の影に立って、伝言を次へ次へと渡した。誰かが戻ってきたら、すぐ別の人へ。人の流れがぶつかりそうになれば、半歩だけ前に出て、やわらかく道を空ける。 「学生さん、機転が利くねえ」 「いや、たまたまです、たまたま」 「たまたまでも、助かるんだよ」 その言葉に、美里は返事を忘れた。自分はただ、言われたことを聞き返して、言われた通りに動いただけだ。それなのに、船着き場の空白が少しずつ埋まっていく。案内の途切れた場所に、自分の手がはまってしまったみたいで落ち着かなかった。 やがて、遅れていた連絡が通じたらしく、係の人たちの表情が一斉に緩んだ。 「よし、もう大丈夫だ」 「助かったよ。君、どこかの学生さん?」 「えっと、ただの旅行中で……」 言いかけた美里を見て、周囲は一拍置いてから、ますます感心したようにうなずいた。 「旅の途中でこれだけ動けるなら、大したもんだ」 「ほんと、さっきから頼りになるね」 「いえ、本当に違うんです」 否定すればするほど、声が細くなる。美里は耳まで熱くなりながら、手元の紙を係の人へ返した。役目は終わったはずなのに、まだ胸の奥がざわついている。けれどそのざわつきは、さっきまでの取り違えとは少し違った。 誰かの段取りを壊さないように動くのは、思っていたよりずっとむずかしい。でも、むずかしいからこそ、少しでも噛み合った瞬間がうれしい。 「ほんと、ありがとうございます」 最後にもう一度そう言われて、美里は小さく頭を下げた。船のほうから波の音が重なり、次の案内の声が上がる。その中で彼女だけが、まだ自分の呼吸の速さを気にしていた。
方言まちがい旅日記
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