エラベノベル堂

方言まちがい旅日記

全年齢

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8章 / 全10

「美里さん、ちょっとだけコメント、いいですか」 朝の風がまだ駅前広場の石畳に残っているころだった。昨夜の騒ぎが片づいたはずなのに、広場の隅では人の視線だけが落ち着かないまま行き来している。美里は両手に持った紙袋を抱え直し、ぎこちなく笑った。 「コメント、ですか。えっと、何について……」 「昨夜の件です。町のトラブルをすぱっと解いた、って話で」 「あ、いえ、それは違って」 言いかけたところで、別の声がかぶさった。 「新聞に出るんだってね。やっぱり頼りになる若い人だ」 「え、新聞?」 美里が目を丸くすると、記者らしい人は申し訳なさそうに首をかしげた。 「簡単にでいいんです。どうやってあの混乱を収めたのか、ひとことだけ」 混乱を収めた。美里の耳には、そこだけが妙に立派に響いた。昨夜はただ、止めて、を箱だと思っただけだし、怪しい人探しも、迷った誰かを見つけたような気になっただけだ。それなのに、口を開くと、なぜか言葉は落ち着いた調子で出てしまう。 「えっと、見えているものだけじゃなくて、周りの声を合わせてみると、違う形に見えることがあると思います」 自分でも驚くほど、それっぽい。 記者はすぐにメモを取り始めた。 「なるほど。周囲の声を合わせて、違う形に」 「いや、そういうつもりじゃなくて……」 「いえ、いい言葉です。町の分断をつないだ、みたいに使えます」 「分断……」 そんな大げさな話じゃないのに、と言おうとした瞬間、広場の向こうから手を振る人影が見えた。 「美里さん、こっちの案内板、ちょっと見てもらえませんか」 「えっ、私ですか」 「うん、さっきの話を聞いて思ったんだけど、表示が少しわかりにくくて」 頼られる理由が、また一つ増えてしまったらしい。美里は記者と交互に視線を向け、それから小さく肩を落とした。 「……本当に、私、そんな大したことは」 「でも皆さん、あなたを助けになった学生さんだと思っていますよ」 「助けた、というか……」 言い淀んだ美里の前で、記者は満足そうに頷いた。 「その謙虚さも、記事にしておきます」 「えっ、それは困ります」 困る、と口にしたのに、相手はすでに一歩引いている。広場では次の用事を探すみたいに人が動き始め、今度は別の係の人まで近づいてきた。 「美里さん、もし時間あったら、こっちも少しだけ」 「ちょ、ちょっと待ってください。私、まだ何も整理できてなくて」 なのに、誰もその言葉を深刻には受け取らない。むしろ、困った顔をしているのに働き者に見えるのか、あちこちから手が伸びてくる。 広場の朝日は、彼女の紙袋の縁を白く照らしていた。美里は記者に向けた笑顔のまま、心の中で泣いた。誤解を解きたいだけなのに、ひとこと喋るたび、別の役目が増えていく。 そして次の頼みごとが、もうすぐ目の前まで来ていた。

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