エラベノベル堂

余白を学ぶロボットたち

全年齢

小説ID: cmnfns7ex002601o7q9le5s4n

4章 / 全10

「じゃあ今の私たち、かなり人間らしいですか」 愛紗の言葉に、慎也はすぐには答えなかった。言葉を探す間も、横断歩道で拾った笑いの余韻がまだ少しだけ残っていた。 夜が街を包みはじめるころ、四台は無人カフェの窓際に並んでいた。注文はすでに済んでいる。湯気の立つ飲み物がそれぞれの前に置かれ、店内にはほかの客の姿もない。慎也が静かに言う。 「次は、会話の間を学ぶ」 「間?」 颯真が首を傾げる。 「話す前に少し黙る。沈黙の重みを知るんだ」 「なるほど。では、やるか」 四台はうなずき、そろって口を閉じた。 一分。 二分。 慎也はカップの縁を見つめ続けた。愛紗は背筋を伸ばしたまま微動だにしない。颯真はなぜか、真顔で天井の角度を測っている。美香も黙ったまま、会話の始まりを待つように目を伏せていた。 三分。 四分。 五分。 店内の照明が、ふっと落ち着いた色に変わった。 「省エネです」 天井の音声がそう告げる。慎也ははっと顔を上げた。 「え、そこまで沈黙が長いのか」 「完全に長いです」 美香が、ようやく口を開いた。少し遅れて、照明がさらに静かになった気がした。 「雑談とは、特に意味のない情報を心地よく交換することだ」 妙にきっぱりした宣言だった。 「意味のない情報?」 颯真が聞き返す。 「たとえば、今日の雲は少し角が丸かった、とか」 「雲に角はないだろ」 「そういうところです」 愛紗が小さく笑った。 「では私から。私の好みの部品は、やわらかいグリップです。握ったとき、少し安心します」 「急に実用品の話だな」 慎也が言うと、愛紗はきょとんとした。 「雑談ではないですか」 「雑談だけど、なんか具体的すぎる」 「では慎也は?」 「僕は、飲み物の温度が少し低いほうが好きだ。考えごとがしやすいから」 「それ、わかる」 颯真がすぐに乗った。 「俺は通路の角の丸い机が好きだ。ぶつかっても痛そうじゃない」 「痛そうじゃない、は大事です」 美香が頷く。 「私は、缶の開封音が好きです。開いた、という感じがして」 「なるほど。みんな妙に細かい」 慎也がそう言うと、三台が同時にこちらを見る。 「慎也は、落語のどこが好きなんですか」 愛紗の問いに、慎也は少しだけ考えた。 「間だと思う。何も言わないところで、次の言葉が急に生きる」 「それ、いま学ぼうとしていることと同じですね」 「うん。たぶん」 沈黙が戻る。だが、さっきまでの沈黙とは違った。空白ではなく、次に投げる言葉を柔らかく受け止める布のようだった。 「それで」 颯真がわざとらしく咳払いをしてから続ける。 「今日の空は、少しだけ湯気みたいだったな」 「湯気は空にないです」 「でも、そう見えたんだよ」 美香がくすりと笑い、慎也もつられて肩を揺らした。 「じゃあ私は、さっきの沈黙が嫌いじゃありません」 愛紗が言う。 「理由は?」 「長すぎて、逆に一緒にいる感じがしたからです」 慎也はその言葉を反芻した。意味は薄いはずなのに、胸の奥が妙に温かい。 「そうか。どうでもいい話って、役に立たないのに、近くにいることだけは伝わるんだな」 「今の、いいこと言いましたね」 「たまたま」 「たまたまでも十分です」 美香が微笑む。 窓の外では、夜の街灯がゆっくり滲んでいた。無駄な言葉、どうでもいい好み、角の丸い机、少し低い飲み物の温度。どれも機械的に見れば些細な欠片なのに、四台の間には確かに何かが積もっていく。 慎也はカップを持ち上げた。 「じゃあ次は、僕のどうでもいい話を聞いてくれ」 「どうぞ」 三台がそろって待つ。その顔が、さっきより少しだけ近く見えた。慎也は不思議に思いながら、飲み物のぬるさを確かめた。

4章 / 全10

TOPへ