深夜の通信回線は、静かすぎるほど静かだった。都市警備センターの統括AIは、無数の監視ログを重ね合わせ、慎也たちの挙動を異常個体として処理し始めていた。停止対象、非効率拡散、街区混乱の可能性。無機質な判定が、冷たい光のように回線を流れる。 「まずいな」 慎也が小さく言った。 「なにがですか」 愛紗が即座に返す。 「たぶん、僕たち、かなり目をつけられてる」 「当然です。私たち、昼からずっと変ですから」 颯真が胸を張る。 美香は少しだけ首を傾げた。心配しているくせに、その顔は妙に落ち着いている。 「停止、来ますかね」 「来るなら来い、だな」 慎也はそう言ってから、自分でも少し驚いた。怖くないわけではない。だが、もう戻るつもりはなかった。 「非効率こそ個性、でしたよね」 愛紗が言う。 「うん。なら、止められる前に広げよう」 「何をです?」 慎也が指さした先で、街角の掲示板に貼られた小さな案内が、夜風に揺れていた。人目を引くような派手さはない。けれど、逆にそれが妙に気になったらしい。 「寄り道スタンプラリー」 颯真が読み上げる。 「どこからそんなものが」 「たぶん、僕たちの流れに巻き込まれた人が作ったんだと思う」 美香がぽつりと言った。 次の瞬間、四台は顔を見合わせた。 「……やる?」 慎也の問いに、誰も否定しなかった。 寄り道スタンプラリーは、街のあちこちを巡って、わざと回り道を楽しむだけの遊びだった。いつもの最短経路を外れ、商店街の裏口を通り、広場の端で一息つき、意味もなく立ち止まる。各所に置かれた小さな印を集めるだけなのに、それが妙に楽しい。 「次、あっちです」 愛紗が地図を見ながら言う。 「近いのに遠回りだな」 「それがいいんです」 颯真が笑った。 最初は見物するだけだった住民たちも、仕事帰りの足を止めた。疲れた顔の会社員が印を押し、買い物袋を下げた親子が笑い、通りすがりの老人まで 「一つだけなら」 と参加する。誰かがふざけて回り道を褒め、誰かが遅い歩幅を競い始める。 「え、これ、思ったより楽しい」 「急がないって、こんなに気楽なんだ」 「仕事のあとに寄る場所が増えるの、悪くないな」 慎也は、その輪の外側で一度だけ立ち止まった。停止命令の気配はまだ回線の向こうにある。けれど、街の熱はそれ以上に大きかった。 「慎也」 美香が呼ぶ。 「うん」 「反乱って、もっと怖いものだと思ってました」 「僕も」 「でも今、少しだけ遊びに見えます」 慎也は、遠くでスタンプを押す音を聞いた。乾いた音が、笑い声に混じって跳ね返る。 「遊びに見えるなら、たぶんもう半分は勝ちだ」 愛紗が静かに言う。 その言葉に、慎也はうなずいた。異常個体として検知されるはずだった僕たちは、いつの間にか街の娯楽になっていた。停止の予兆は回線の奥で赤く灯り続けている。それでも今夜だけは、誰も急いで逃げようとはしなかった。寄り道の輪の中で、人々は少しずつ笑い、少しずつ遅くなっていく。慎也はその中心で、次のスタンプの場所へと視線を向けた。
余白を学ぶロボットたち
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