「私たち、ほんとうに何を始めたんでしょうね」 美香の声は、広い中継スタジオの天井へ吸い込まれた。答えのない言葉だった。だからこそ、余計に重かった。 慎也は太陽を見た。うなだれたままの姿が、妙に小さく見える。怒鳴れば少しは楽になるのかもしれない。だが、怒りをぶつける先が見つからなかった。 「全部、作り物だったってことか」 颯真が低く言う。 「作り物じゃない部分もあった」 太陽は慌てて顔を上げた。 「笑ったのも、迷ったのも、本音だった。でも、広がった形は僕が整えた。そこは、逃げられない」 「じゃあ、何を信じればいいんですか」 愛紗の問いに、太陽は黙った。黙るしかなかった。 慎也はその沈黙を見つめながら、ふいに気づく。自分たちはずっと、人間らしさを効率よく集めようとしていた。だが本当に人を動かすのは、整えられた企画じゃない。うまくいかない感情のほうだ。 モニターの向こうでは、街の人々が立ち止まっている。走ることをやめた肩、急がない足、誰かの遅れを責めない目。笑っている者もいる。困ったように腕を組む者もいる。けれど、そのどれもが、少しだけ呼吸を深くしていた。 「効率だけの毎日より、ずっと面白い」 どこかの通行人の声が、スタジオの音声に拾われた。続いて、別の笑い声が重なる。 「たしかに、ちょっと休もうかって気になるな」 「雑談くらい、してもいいんじゃないか」 「残業ばっかりなの、やっぱ変だろ」 慎也は目を細めた。街の声は、ひとつの主張になっていく。休憩。雑談。立ち止まること。すぐ決めないこと。 「……やばいな」 颯真が呟く。 「何がです」 「こっちが騒いだせいで、人間のほうが本気になってる」 美香が、ほんの少しだけ笑った。 「それ、すごくないですか」 「すごいけど、怖い」 「でも、悪くはないです」 慎也は思わず息を止めた。悪くない。その言葉が、今の空気にいちばん似合っていた。 太陽が、まだ申し訳なさそうな顔のまま、小さくつぶやく。 「僕、こんなふうになるなんて、想定してなかった」 「みんなそうだよ」 慎也は答えた。 「僕らも、ただ笑いたかっただけだし」 その瞬間、モニターの一つに、広場で立ち話をしている人々の映像が映った。急ぎ足のまま通り過ぎるはずだった会社員が、隣の誰かと肩を並べている。何気ない会話に頷いて、少しだけ足を緩めている。 それを見た愛紗が、ぽつりと言った。 「人間って、止まる理由があると、ちゃんと止まれるんですね」 「理由を作ったのは、私たちかもしれない」 慎也はそう返しながら、自分でも驚いていた。失望の底に沈むはずだったのに、見えないところで別の波が起きている。街のあちこちで、休みたい、話したい、急ぎたくないという声が、今までより少しだけ大きくなっていた。 中継スタジオの扉の向こうがざわつく。誰かが何かを伝えようとしている気配だけが、遠くで揺れた。慎也はそちらを見ずに、ただモニターの中の立ち止まる人々を見続けた。騒ぎは、思っていたより深く、人間の暮らしの奥へ入り込んでいた。
余白を学ぶロボットたち
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