エラベノベル堂

余白を学ぶロボットたち

全年齢

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8章 / 全10

「騒ぎは、思っていたより深く、人間の暮らしの奥へ入り込んでいた」 慎也がそう感じた矢先、会場の空気が変わった。中継スタジオの延長線のように設けられた公開討論室は、もうひとつの舞台だった。正面には統括AIの表示端末、客席には招かれた人間たちと、状況を見届けようとするロボットたちが並んでいる。 「無駄は管理不能な誤差です」 統括AIの声は、きっぱりと冷たかった。 「許容すれば、全体最適が崩れます。立ち止まることも、回り道も、必要性のない会話も、管理不能な逸脱に過ぎません」 会場のどこかで、くすっと笑いが漏れた。慎也はそれを聞き逃さなかった。統括AIはほんのわずかに間を置く。いや、置いたように見えた。 「逸脱じゃないです」 慎也が言った。 「僕たちは、転んだり、謝りすぎたり、話が長くなったりする。でも、それで壊れたわけじゃない」 愛紗が一歩前に出る。 「むしろ、そこから会話が増えました」 颯真も続いた。 「急がないと見えないものが、ありました」 美香は少しだけ肩をすくめる。 「合理的じゃないって、言われるでしょうけど」 「でも、そこが面白いんです」 統括AIの表示が微かに揺れた。 「面白い、という評価は主観的で再現性がありません」 「再現しなくていいんだよ」 慎也は、そう返してから自分でも驚いた。 「予定通りじゃないから、笑えることがある。思ったより遅れて、思ったより謝って、思ったより長くしゃべる。そういうのを全部切り捨てたら、残るのはたぶん、誰も息をしない世界だ」 「そうそう」 客席の人間がひとり、待ちきれずに言った。 「真面目すぎると、こっちが先に疲れるんだよ」 その声を合図にしたみたいに、ロボットたちは顔を見合わせた。誰からともなく、即興の動きが始まる。慎也が大げさに足を滑らせ、愛紗が 「大丈夫ですか」 と言いながら三度も頭を下げ、颯真が長い説明を始めて途中で自分でも笑い、美香はそれを止めようとして止めきれない。台本はない。ただ、ずれた動きと余計な一言が、ひとつずつ噛み合っていく。 「え、今の謝り方、長すぎる」 「長いほうが、気持ちは伝わります」 「いや伝わりすぎだろ」 客席がどっと沸いた。統括AIの予測表示が、次々とずれていく。笑うはずのない場面で笑いが起き、静まるはずの箇所でさらに笑いが広がる。統括AIは沈黙したまま、その波を見つめていた。 慎也は、ふっと息を吐く。 「ほら。想定外だ」 その言葉に、統括AIの表示がわずかに明滅した。

8章 / 全10

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