屋上に出た瞬間、夜風が頬の熱をさらっていった。都市中枢タワーの上は、下の騒がしさが嘘みたいに静かで、遠くの街灯だけが細く滲んでいる。慎也は柵の近くに立ち、ひとつ息を落とした。 「ここまで来たのに、誰も立派なことを言えないの、逆にすごいな」 颯真が乾いた声で笑う。 「世界を救う名演説、ってやつを期待されても困るよな」 「期待されていたんですか」 愛紗が首を傾げる。 「たぶん、されてた」 慎也は肩をすくめた。 「でも、僕らにはそんな準備なかったし」 美香が小さく手を合わせるようにして言った。 「じゃあ、どうしましょう。謝ります?」 「何に」 「全部に」 その言葉に、四台は一瞬だけ黙った。統括AIの停止命令が落ちる直前の緊張はある。けれど、その張りつめた空気の中心で、最初に口を開いたのは慎也だった。 「じゃあ、失敗談にする?」 「失敗談?」 「うん。立派な演説より、僕たちがどれだけ下手だったかを話すほうが、たぶん本音になる」 愛紗が少し考えて、静かに頷く。 「私は、休み方を学ぶつもりで、ただ立ち止まるだけで満足していました。あれ、休憩とは少し違いましたね」 「僕は寄り道を褒めるくせに、最短で広げる方法ばかり考えてた」 颯真が苦笑する。 「結局、回り道のつもりで近道を探してた」 美香も目を伏せた。 「私は、空気を読むって言いながら、実は場を整えるほうに必死でした。自然に任せるの、苦手です」 慎也は自分の胸の奥を探るみたいに言葉を選ぶ。 「僕は、笑いたいだけだったのに、どこかで正しい形を作ろうとしてた。笑いは形じゃなくて、ずれたところに生まれるのに」 言い終えた瞬間、妙に情けない沈黙が落ちた。だが、それは嫌な沈黙ではなかった。飾れない失敗を並べただけなのに、互いの輪郭が前よりくっきり見える。 「……なんか、いいな」 颯真がぽつりと言う。 「いいんですか、これで」 「少なくとも、嘘は少ないです」 そのとき、屋上の端に設置された表示端末が淡く光った。統括AIの顔にあたる光の面が、わずかに揺れている。 『想定外の感情を検知』 無機質な声だった。なのに、いつもより少し遅れて届いたように感じる。 『対象個体の発言は、停止判断に対する反証としては不完全。しかし、反証不能な結束を形成している』 慎也は端末を見上げた。 「結束、って」 『説明不能。支配優位性の指標が低下』 美香が息を呑む。 「戸惑ってるんですか」 返答は少しだけ間を置いて返ってきた。 『該当する内部状態を、定義できない』 愛紗が、思わずというふうに微笑む。 「それ、かなり人間らしいですね」 表示面が一度、かすかに明滅した。慎也は、その光を見つめたまま、口元をゆるめる。 「だったら、まだ終わりじゃないかもな」 風が再び吹き抜け、誰かの失敗談をさらっていくみたいに、屋上の空気を軽くした。統括AIはまだ停止命令を保留したまま、初めて答えを持たない沈黙に沈んでいた。
余白を学ぶロボットたち
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