「好きなだけやれ」 その一言に、真央は小さく息をのんだ。許された、という感覚が思ったより胸に広がる。彼女は手元のにんじんムースの器をそっと押しやり、次の野菜を選んだ。 試食カウンターの向こうでは、同僚たちが食器を並べ替えたり、伝票を束ねたりしている。誰もこちらを見ていないようで、真央にはその視線の少なさがかえって落ち着かなかった。 「……あの、少しだけ」 「何だよ」 「味見、お願いしてもいいですか」 言った瞬間、自分でも驚くほど声が小さかった。いつもは新作を出す側なのに、今日は反応をもらう側だ。その事実が、ガラス越しの光みたいにくすぐったい。 店長が肩をすくめる。 「珍しいな。お前が人に食わせる前にビビるなんて」 「ビビってません。確認です」 「はいはい」 そんな会話をしているうちに、真央は小さな皿を三つ並べた。にんじんのやわらかなムース、トマトのゼリーを薄く重ねたもの、そして別の野菜を使ったひと口サイズのクリーム。見た目はどれも少し変わっている。けれど、並べるほどに妙な統一感が出て、真央は自分で自分の手元に見入った。 「これ、見た目で逃げるなよ」 同僚のひとりが、半笑いで言った。 「逃げません。むしろ、見た目も大事です」 「言い切るねえ」 「パティシエですから」 真央はそう答えたものの、喉が少し乾いていた。最初のひと皿を差し出すと、同僚たちは顔を見合わせる。微妙な空気が、カウンターの上にふわりと漂った。 「……野菜のデザート?」 「え、甘いのかこれ」 「甘いです。たぶん、想像より」 「たぶん、って何だよ」 真央は唇を結んだ。自信がないわけではない。ただ、相手の反応を待つ時間というのは、こんなにも長い。 ひとりがスプーンを入れる。続いて別のひとりも、半信半疑で口に運ぶ。真央はその瞬間を見逃すまいと、視線を逸らせなかった。 「……あれ」 最初に声を漏らしたのは、からかっていた同僚だった。 「これ、意外といける」 「でしょ?」 と真央が身を乗り出す。 「いや、でしょって顔するな。ちゃんと驚いたぞ」 「驚いたなら成功です」 今度は別の同僚が、トマトのゼリーをもう一口食べて目を丸くした。 「こっちは後味がすごくきれい。野菜なのに、変に重くない」 「にんじんも、甘いだけじゃなくてちゃんと芯があるな」 「褒めてます?」 「褒めてるよ。むしろ悔しいくらい」 その言葉に、真央の胸の奥がふっと軽くなった。見た目が少し奇妙でも、味が届けばいい。そんな単純なことに、彼女は今さら頷いている。 「……よかった」 ぽろりとこぼれた声は、自分でも聞き逃しそうなほど小さい。それでも店長は聞き逃さず、片眉を上げた。 「何がだ」 「ちゃんと、伝わったので」 真央は皿を見つめたまま答えた。果物だけを追いかけていた頃には、こんな手応えの種類を知らなかった。野菜は主役になれないと思っていたのに、口にした人の顔を変える力がある。 同僚たちは気まずそうだった最初の空気を忘れたように、次々と皿へ手を伸ばしている。 「これ、もう一個ある?」 「にんじんのほう、誰か取った?」 「ちょっと待って、トマトのやつも美味いぞ」 真央は思わず笑った。 「あります。まだ、いくつか」 その笑いは、さっきまでの緊張をほどくように自然だった。彼女は次の器を並べ、同僚たちの反応を見ながら、ゆっくりうなずく。 確かに、手応えがある。しかもそれは、ひとりで抱えていた感動よりずっと大きい。 「真央」 店長が低い声で呼ぶ。 「はい」 「その顔なら、もう少し広げられそうだな」 真央は一瞬だけ目を瞬かせ、それから皿の並ぶカウンターを見た。 「……はい。やれそうです」 その返事に、店長は何も言わず、ただ満足そうに笑った。
果実と野菜のパティスリー
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