閉店後の厨房は、昼間の熱気が嘘みたいに静かだった。けれど真央だけは、まだ熱を持ったままの指先で作業台を叩いている。目の前には、フルーツのレシピ帳がひらかれたまま置かれていた。その横に、いつの間にか野菜の下ごしらえが並んでいる。 「真央、そろそろ切り上げろ。今日はここまでで十分だ」 店長の声に、真央は顔も上げずに返した。 「十分じゃありません。むしろ、ここからです」 「何がだ」 「野菜だけで、コースデザートを作ります」 店長の手が止まった。 「おい、それはさすがに暴走だろ」 「暴走じゃないです。挑戦です」 真央は言い切って、にんじんを薄く削り始めた。続けてかぼちゃを裏ごしし、トマトの果肉を小さく刻む。ひとつひとつは素朴なのに、組み合わせれば別の景色になる気がした。 「フルーツのレシピ帳、横に置いてるのが答えだろ」 「答えじゃなくて、比較です」 「比較するなら、なおさら両方を見るべきだ」 「今日は野菜の気分なんです!」 真央の声が、思ったより厨房に響いた。自分でも少し驚いたが、もう引けなかった。彼女はムースを仕込み、ゼリーを流し、クリームを泡立てる。皿に落とした彩りは、どれも試作品なのに妙に堂々としていた。 店長はため息をつき、額を押さえる。 「……止めても聞かないか」 「聞いてます。でも、止まりません」 「最悪だな」 「最高って言ってください」 「言わん」 そんなやりとりの合間にも、真央は手を動かし続けた。丸い器、細長い皿、透明なグラス。どこに何を置けば次の一口が面白くなるか、頭の中で勝手に線がつながっていく。 「見ててください。ちゃんと繋がりますから」 「何と何がだ」 「全部です。にんじんも、かぼちゃも、トマトも」 真央は少し笑って、最後の試作品を皿に置いた。山のように積み上がったそれは、まだ完成には遠いのに、妙な迫力を持っていた。 店長はその様子を見て、今度は本気で言葉を失った。真央はその沈黙を肯定に受け取って、さらに別の器へ手を伸ばす。厨房の空気は、閉店後なのにますます騒がしくなっていく。真央の瞳は、試作品の列から一瞬も離れなかった。
果実と野菜のパティスリー
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