エラベノベル堂

果実と野菜のパティスリー

全年齢

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7章 / 全10

イベント当日の朝、透はいつもより早く店に入った。まだ客の来ない静かなフルーツパーラーで、ショーケースの硝子だけが冷たく光っている。昨日までそこを埋めていたのは、苺や桃のきらめきではなく、かぼちゃのムースやビーツのジュレ、青菜の香りを移したクリームだった。珍しさに惹かれて人は集まった。写真を撮る手も止まらなかった。けれど透の胸には、手応えの代わりに薄い焦げ跡のようなものが残っていた。 催しの会場でも反応は派手だった。常連客は目を丸くし、若い客は面白がって列を作る。新しい客層が増えたのは確かだった。だが、透が思い描いていたのは歓声ではなく、驚いたあとにもう一口と手が伸びる顔だった。皿の上に並んだ野菜の輪郭は鋭く、香りも色も強い。その強さが、いつの間にか果物の明るさを押しのけていた。フルーツパーラーの看板の下で、主役が誰なのか分からなくなっていた。 さらに彼は、野菜をもっと目立たせようとしてしまう。甘さを削り、彩りを抑え、食感に変化をつける。試作を重ねるほど、皿は独創的になったが、どこか居場所を失っていった。口にした客たちは驚く。しかし、記憶に残るのは見た目だけで、味の余韻はすぐにほどけてしまう。透はその空気を、目をそらしながらやり過ごした。 閉店間際、店長が残った皿を静かに並べ直した。 「透、野菜に惚れたのは分かる。でも、ここは果物の店だよ」 責める声ではなかった。だからこそ、透の胸には深く落ちた。野菜の美しさを知ったあの日から、自分は広げたつもりで、かえって店の輪郭をぼかしていたのではないか。脇役を主役に替えることが挑戦だと思い込んでいたが、本当に必要だったのは、主役の光をどう深めるかを探すことだった。 その夜、透はひとりで試作台に立った。何度も作り直した末に見えてきたのは、野菜を前に押し出す形ではない。果物の華やかさを中心に置き、その縁を野菜の静かな風味で支える構成だった。苺のムースに、焼いて甘みを増したにんじんのクリームをほんの少し重ねる。桃のジュレには、セロリの澄んだ香りを細く忍ばせる。柑橘のタルトには、かぶの淡いピュレを薄く敷く。どれも控えめなのに、ひと口ごとに色が広がり、後味に奥行きが生まれた。 翌朝、最初にそれを食べた常連客が、驚いた顔のまま笑った。 「前よりおいしい。なのに、ちゃんとあの店の味がする」 透はようやく息をついた。あの寄り道は、店を壊すためではなかった。果物の輝きを見直し、もっと自由にするための遠回りだったのだ。ショーケースには、苺の赤、柑橘の黄、葉野菜の澄んだ緑が、互いを傷つけずに並んでいる。新しい看板の下で、フルーツパーラーは少しだけ変わり、確かに前より豊かになっていた。

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