エラベノベル堂

果実と野菜のパティスリー

全年齢

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7章 / 全10

翌朝の店内は、昨夜までの熱が嘘みたいに澄んでいた。だが真央の前に並べられた紙束だけは、妙に息苦しいほどの存在感を放っている。昨日の勢いのまま書き連ねた野菜中心の新メニュー案。にんじん、かぼちゃ、トマト、そして看板の言い換え案まである。 「……どうして、こんなに本気なんですか」 真央は自分で書いた文字を見つめたままつぶやいた。返事をしたのは店長ではない。向かいでメモをめくっていたスタッフが、眉をひそめて顔を上げた。 「本気っていうか、もはや別の店になるぞ、これ」 「フルーツパーラーの意味が消えてますよ」 「いや、消えるどころか埋まってる」 次々に飛ぶ言葉に、真央はむっとして肩を張る。だが、反論しようとした瞬間、店内の空気がふっと変わった。入り口の鈴が鳴り、ひとりの男が穏やかな足取りで入ってくる。 「おはようございます」 見慣れないが、どこか落ち着く声だった。店長がすぐに表情を和らげる。 「来てくれたか。待ってたぞ」 男は農園の生産者だった。真央は思わず姿勢を正す。土の匂いをまとったような人、という印象が先に立った。 「真央さんの試作、評判を聞きました。嬉しかったですよ」 「え、あ……ありがとうございます」 彼は卓上の紙束に目を落とし、少しだけ笑う。 「でも、野菜は単独でも強い。そこは間違いありません」 真央の胸がわずかに弾む。褒められた、と受け取るより先に、認められた気がした。 「でしょう。なら、やっぱり野菜だけで――」 言いかけた真央を、男は急かさずに遮る。 「けれど、果物と合わせると、もっと輝きます」 その一言で、真央の口が止まった。 スタッフたちも、さっきまでのざわめきを忘れたみたいに静かになる。 男は続けた。 「野菜は奥行きを出す。果物は輪郭を明るくする。どちらかを消す必要なんてないんです。真央さんは、その両方を見つけられる人でしょう」 真央は、紙の端をぎゅっと握りしめた。昨夜の勢いで膨らませた案が、急に大きすぎる服みたいに見えてくる。 「でも……私は、野菜のほうが面白くて」 「面白い、でいいんです」 穏やかな返事だった。 「ただ、面白さを一番きれいに見せる方法は、ひとつとは限りません」 店長が腕を組み、真央の顔を覗き込む。 「聞いたか、真央。暴走するのはいいが、止まる場所も必要だぞ」 「……止まれって、ことですか」 「違う。向きだ」 その言葉に、真央は目を瞬かせた。止められた悔しさはある。けれど、それ以上に、胸のどこかで張りつめていた糸が少し緩むのを感じた。 男は最後に、ショーケースのほうへ視線を向ける。 「果物があるから、野菜が映える。野菜があるから、果物も新しく見える。そういう店のほうが、きっと長く愛されます」 真央は紙束を見下ろしたまま、そっと息を吐いた。 看板を書き換えるほどの勢いは、まだ早かったのかもしれない。だが、完全に間違っていたわけでもない気がした。 「……じゃあ、私は」 真央が言いかけたところで、店長が静かにうなずく。 「次は、両方で考えろ」 その瞬間、真央の中で何かがきしむように揺れた。暴走の熱はまだ残っている。けれど、その熱を押し込めるのではなく、別の形に変える道が、目の前にかすかに見えた気がした。

7章 / 全10

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