エラベノベル堂

果実と野菜のパティスリー

全年齢

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8章 / 全10

真央は作業台に向かったまま、しばらく指先を動かせなかった。さっきの言葉がまだ胸の内側に残っている。果物と合わせると、もっと輝く。その一言は正しかった。正しいからこそ、悔しかった。 「……私、また突っ走ってました」 ぽつりと漏らすと、店長は包丁を置いて肩をすくめた。 「気づいたなら上等だ」 「でも、野菜だけで押し切りたい気持ちも本物なんです」 「知ってる。だから厄介なんだろ」 真央は苦笑し、失敗作の小さな器を並べ直した。にんじんのムースは甘すぎる。トマトのゼリーは後味が少し尖っている。かぼちゃのクリームは濃厚だが、単体だと重い。ひとつずつ食べれば悪くないのに、どれもどこかで止まってしまう。 「酸味……」 真央がつぶやくと、店長が顔を上げた。 「なんだ」 「果物の酸味です。野菜のコクを受け止める、軽い柱みたいなのがあれば……」 言いながら、真央の目が少しずつ冴えていく。甘みを足すだけじゃない。野菜の厚みを、果物の酸でつなぐ。ひと皿の中で、片方がもう片方を支えるように組み直せばいい。 「そうか、ただ混ぜるんじゃなくて」 「つなぐ、か」 店長が低く言った。 真央は勢いよく頷く。 「はい。果物の酸味で野菜の輪郭を締めて、野菜のコクで果物の軽さを深くするんです。そうしたら、見た目は派手でも、ちゃんと食べやすい」 「ようやくパティシエらしいことを言ったな」 「今まで何だと思ってたんですか」 「暴走する研究者」 「ひどい」 言い返しながらも、真央の口元はもう止まらなかった。頭の中で組み合わせが弾けていく。柑橘のきりっとした酸、ベリーのやわらかな香り、りんごの澄んだ後味。そこに、にんじんの丸みやかぼちゃの厚みを重ねる。派手なのに、重くない。奇抜なのに、するりと食べられる。 店長は新しい器をいくつか引き寄せ、真央の前に置いた。 「なら、やってみろ」 「え、今ここで?」 「じゃなきゃ、また考えすぎるだろ」 真央は一瞬だけ目を丸くし、それから吹き出した。 「バレてますね」 「当たり前だ」 彼女は手を洗い直し、果物のピューレを少しだけ取った。隣では店長が野菜のクリームを計量している。真央はその横顔を見て、ほんの少しだけ気が楽になる。 「店長、これ、混ぜたら終わりじゃないですよね」 「むしろ始まりだろ」 その答えに、真央は小さく頷いた。作業台の上には、失敗作と呼ぶには未練の残る器が並んでいる。だが今度は、それらが別々のまま止まって見えなかった。 見た目は派手で、でも食べやすい。そんな一皿の輪郭が、まだぼやけたまま、確かに手の中で形を変えはじめていた。

8章 / 全10

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