エラベノベル堂

大賢者の再起

全年齢

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3章 / 全10

朝の光が石畳の隙間にまだ冷たさを残しているうちに、俺は王都外縁の公立書庫の扉をくぐった。高い天井と紙の匂い、磨かれた木の床。静かすぎるほど静かな空間は、森や小屋とはまるで別世界だ。 「探し物かい、坊や」 受付の老女に軽く頷き、俺は用意していた題目を告げる。古い魔法書、それも基礎の棚だ。目立たぬように、だが必要なものは逃さない。棚の並びを見た瞬間、前世の記憶が勝手に動き出す。これは初歩の分類ではない。保存状態からして、少なくとも一度は王都の改訂を受けている。版の差異もある。 「へえ。そこまで見てるのか」 背後から声がした。振り向くと、同じくらいの年頃の少年が、腕いっぱいに本を抱えて立っていた。癖のある髪に、少し焦げたようなローブ。見習い魔術師、そんな印象だった。 「悪い。邪魔だったか?」 「いや」 俺が答えるより先に、相手は本の背表紙を見て目を丸くした。 「それ、読み始めるには早すぎない? 普通はもっと手前の棚からだろ」 「普通ならな」 ついそう返すと、少年は面白そうに笑った。 「強気だな。名前は?」 「……名乗るほどでもない」 「ふーん。俺は奏多。見習いだけど、一応魔術師を目指してる」 奏多は棚を見上げ、それから俺の手元の本に視線を落とした。 「それ、古い術式の注釈だろ。字面は読めるけど、意味までは追えないやつだ」 「読めるのか」 「少しはな」 俺がページを開いて示すと、奏多は眉を上げた。そこに並ぶ記述は、一般の学習書には載らない古い理論だ。だが俺にとっては、まるで見慣れた地図みたいなものだった。 「これ、結界の補助理論か。しかも書き手は実験派だな。用語の癖が荒い」 「なんでそこまで分かるんだよ」 奏多の声が裏返る。俺は肩をすくめた。 「読めば分かる」 「分かるって顔じゃないだろ」 そう言いながらも、奏多の目は完全に好奇心で輝いていた。俺はその視線に、ほんの少しだけ考える。こいつは軽い。だが、知りたがる者は嫌いじゃない。 「調べたいことがある。詳しい棚を知ってるなら案内しろ」 「交換条件か」 「協力だ」 奏多は一瞬だけ口を開け、それから笑った。 「いいね。俺も、そんな顔して古文書を読むやつは初めてだ。手伝うよ。代わりに、その本の読み方を教えてくれ」 俺は静かに頷いた。利害は一致している。知識が必要な俺と、解読の手がほしい奏多。これ以上ない組み合わせだ。 「じゃあ、ここからは一緒だ」 言葉にした途端、書庫の高い棚のあいだから、紙の匂いが少しだけ濃くなった気がした。

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