エラベノベル堂

大賢者の再起

全年齢

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4章 / 全10

閲覧室の奥は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。高い窓から差す光が、積み上げられた書冊の角を白く縁取っている。俺はその一冊を開いたまま、指先で紙のざらつきを確かめた。 「……これだな」 つぶやいた声に、向かいの奏多が身を乗り出す。 「見つかったのか?」 「ああ。建前上は古い補助理論だが、中身はもっと危ない」 ページの隅に走る細い注釈をなぞる。言い回しは迂遠だが、骨格は見えていた。結界の保ち方、魔力の循環、弱まり始める兆候。それらが、断片ではなく一本の線としてつながっていく。 「街の結界が、少しずつ痩せてる」 奏多の顔色が変わった。 「本当に?」 「この記述が正しければな。断続的に魔力を食われてる。封を重ねた痕跡も薄い。誰かが手を入れたのか、単に維持が追いついていないのかは分からないが、放っておくには悪い」 俺はそこで、あえて言葉を切った。さらに深く追えば、古い禁制に触れる危険がある。だが、それ以上を今の俺が背負う理由はない。 奏多は唇を噛み、しばらく黙っていた。それから、椅子を鳴らして立ち上がる。 「じゃあ、急いだ方がいい。上の連中は気づいてないのかもしれないけど、気づいたなら対処しないと」 「だからこそ、俺はここまでだ」 「は?」 「危ういと分かった。十分だろう」 奏多は思わず声を荒らげた。 「十分じゃない! これ、街全体の話だぞ。お前、そんな顔してるくせに、どうしてそこで止まるんだよ」 俺は本を閉じ、静かに背表紙を撫でた。 「深入りすれば、余計なものまで掘り当てる。今の俺は、それを背負う立場じゃない」 「でも、お前は読めるだろ。俺にはここまで分からない。助けてくれよ」 その言い方はずるい。まっすぐで、簡単に断れない。 だが、だからこそ答えは変わらなかった。 「助けるのは、手の届く範囲だけだ」 奏多は悔しそうに眉を寄せたが、すぐに視線を落とした。俺が見つけた結論の重さを、彼もようやく飲み込み始めたのだろう。 「……危ないって、分かっただけでも大きいのか」 「ああ。動く理由にはなる」 「そっか」 奏多は小さく息を吐いたあと、俺の前の書物を見た。 「じゃあ、その危ない理屈の続き、少しだけでも教えてくれ。俺一人じゃ、報告するにも足りない」 俺は少しだけ目を細めた。完全に断ち切るには、こいつはもうこちら側に入りすぎている。 「……最初だけだ」 そう言って再びページを開くと、奏多は安堵したように身を寄せた。閲覧室の静けさの中で、危うい文字列だけが、やけに鮮明に浮かび上がっていた。

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