エラベノベル堂

大賢者の再起

全年齢

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7章 / 全10

祭壇の光が、呼吸をするみたいに一度だけ膨らんだ。 次の瞬間、空気が割れるような感覚とともに、台座の上に淡い輪郭が浮かび上がる。人の形に見えて、けれど人ではない。透ける羽衣のような光をまとった、小さな存在だった。 「……遅い」 鈴を転がすような声が、広間に響いた。 俺は息を止めた。奏多も、隣で完全に固まっている。 「誰だ」 声を絞り出すと、その存在はふわりと宙に浮かび、俺を見下ろした。瞳だけがやけに鮮やかで、そこに映るものは、今の俺ではなく、もっと深い時代の記憶だった。 「誰、ではない。私はこの封印を守るもの。お前は私を忘れたが、私はお前を忘れていない」 背筋がぞくりとする。 そんなはずはない。だが、その声音には聞き覚えがあった。前世の、まだ理屈が魔術の形をしていた頃に、何度も交わした気配のようなもの。 「まさか……」 「まさか、ではない。大賢者」 奏多が、横で小さく息を呑んだ。 「大賢者って、今の……お前?」 俺は返せない。守護精霊はそれを待たず、淡々と告げた。 「世界の縁は、もう長く保たない。結界は痩せ、封は綻び、眠っていた災いが目を覚ます。お前が残した仕掛けだけでは、時間を稼ぐのが精一杯だ」 「待て。そんな話、聞いてない」 「聞いていないのではない。お前が忘れていたのだ」 その一言は、刃みたいに胸へ刺さった。 忘れていた。いや、今の俺には、前世の全部がそのまま残っているわけじゃない。知識はある。だが、どこか抜け落ちた継ぎ目がある。目の前の存在は、その隙間を平然と指差してくる。 「封印を継承しろ。お前以外に、鍵は応えない」 「ふざけるな」 思わず声が荒くなる。 「俺は、ただ静かに暮らしたかっただけだ。転生したなら、今度こそ面倒から遠ざかるはずだった。なのに、いきなり世界の危機だ、封印を継げだなんて、そんなの——」 「望みは関係ない」 守護精霊の声は、驚くほど静かだった。 「お前が何を望もうと、世界は待ってくれない。平穏を願うなら、なおさら理解しろ。守らねば、平穏そのものが消える」 俺は言い返せなかった。 地下の冷気が、やけに重く肩にのしかかる。奏多は俺と精霊を交互に見て、喉を鳴らした。 「つまり……この人が、本当に鍵の持ち主で、この場所も、それに関わってるってことか」 「そうだ」 「じゃあ、結界の乱れも、さっきの魔物も……」 「前触れにすぎない」 淡々とした返答が、かえって現実味を増した。 俺は祭壇に落ちた自分の影を見た。見知らぬ少年の輪郭が、こんなにも頼りない。なのに、その身体の奥に眠るものだけが、世界の重さを知っている。 「……俺に、選択肢はないのか」 かすれた問いに、精霊は初めてほんの少しだけ目を細めた。 「ある。継ぐか、崩れるかだ」 その瞬間、広間の静けさが、ひどく遠くなった。

7章 / 全10

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