エラベノベル堂

大賢者の再起

全年齢

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8章 / 全10

祭壇の光が消えきらないうちに、俺は息を整えた。胸の奥で暴れる感情を押さえ込むように、指先を握る。 「……まず、落ち着け」 自分に言い聞かせると、奏多がぎこちなく頷いた。 「落ち着けって言われても、無理だろ。今の、完全に規模が違う話じゃないか」 「分かってる」 分かっている。だが、分かっているだけでは何も変わらない。守護精霊の言葉は重すぎた。世界の縁が痩せ、封が綻び、眠っていた災いが目を覚ます。そんなもの、前世の記録を総ざらいしても、今すぐ証明できる代物じゃない。 「証拠が要る」 俺がそう呟くと、奏多は目を瞬いた。 「証拠?」 「この場で誰に訴えても、信じる材料が足りない。鍵が反応した、守護精霊が出た、それだけじゃ上は動かない」 「上って……議事堂か」 「そこしかない」 奏多は唇を結んだ。悔しそうでもあり、納得してしまった顔でもある。 「じゃあ、どうする」 「時間を稼ぐ。結界の異常を広げないように、今できることを整理する」 「それで間に合うのかよ」 「間に合わせるしかない」 その答えに、奏多はしばらく黙った。広間の空気は冷たく、石壁の隙間から滲む気配だけが、じわじわと不安を煽る。やがて彼は顔を上げ、いつもの軽さを少しだけ戻した。 「分かった。なら俺は、信じる側に回る」 「……随分あっさりだな」 「だって、お前が本気で焦ってるの、初めて見たし」 不覚にも言葉が詰まった。確かに、ここまで感情を出したのは珍しい。静かに生きると決めていたはずなのに、もうその余裕は削られ始めている。 奏多は祭壇の文様を見上げ、低く言った。 「俺一人じゃ足りない。だから、動けるやつを集める。口が堅くて、最低限は理屈が通じる連中をな」 「勝手に広げるな」 「広げなきゃ、守れないだろ」 その返しは、鋭かった。俺は反論できず、ただ視線を逸らす。こいつは軽いくせに、肝心なところで引かない。 「……好きにしろ。ただし、騒ぎは小さくしろ」 「了解」 奏多は短く笑い、すぐ真顔に戻った。 「お前は、議事堂に行って訴える準備をしろ。俺は俺で、動ける伝手を当たる」 「待て。今ここで、そこまで決めるのか」 「時間がないって言ったのは、お前だろ」 そう言われれば返せない。俺は小さく息を吐いた。頼りたくない相手に頼るような気分だが、今は選り好みしている場合ではない。 祭壇の光は、もう弱々しい脈動に変わっていた。それでも、まるで見張るように俺たちの足元を照らしている。 「奏多」 「ん?」 「……信じるなとは言わない。だが、俺のことを話しすぎるな」 奏多は一瞬きょとんとして、それから少しだけ口元を緩めた。 「今さら、秘密だらけの相手に何を言ってるんだか。でもまあ、分かった」 その軽い答えに、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。俺は鍵を握り直し、石床の冷たさを靴裏で確かめた。上へ戻れば、もう今日までの静けさには戻れない。議事堂で何を言われるかも分からない。 だが、奏多はもう動く気でいる。ならば、俺も止まってはいられない。 広間を出る直前、奏多が背中越しに言った。 「朝になったら、こっちはこっちで始める。お前も、覚悟しとけよ」 その声に振り返ると、彼はすでに歩き出していた。闇の中へではなく、光の差し込む方へ。俺はその背中を見送りながら、まだ冷えた指で鍵を押さえた。 半信半疑の上層部。信じて動き始める奏多。 どう転んでも、もう逃げ道は細い。俺は静かに目を閉じ、夜明けへ向かう石段の先を見上げた。

8章 / 全10

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