エラベノベル堂

村人として生き直す

全年齢

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5章 / 全10

村長の家を出たとき、空はもう夕暮れの色に沈みかけていた。さっきまで木屑の匂いに満ちていた手に、今は冷えた風がまとわりつく。俺は何気ない顔を作りながら、村の端へ続く小道を選んだ。 誰かに呼ばれたわけじゃない。けれど、立ち入り禁止だの、空白の帳面だの、井戸に映った知らない通路だの。今日まで聞いたものが、みんな同じ方向を指している気がしてならなかった。 「……確かめるしかない、か」 独り言は小さい。だが口にした瞬間、足取りが少しだけ軽くなった。 村の境界に近づくほど、家々の音は遠のき、草の擦れる音がはっきりしてくる。小道の先には森へ伸びる暗がりがあって、そこだけ空気が違う。冷たいというより、置き去りにされたみたいな気配だ。 「やっぱり、ここか」 柵の切れ目に立ったとき、低い声がした。 「来ると思っておったよ」 俺は肩を跳ねさせた。道の脇、枯れ草の影から、一人の老人がゆっくりと姿を現す。背は丸く、杖を突いているのに、不思議と足取りは揺れない。見覚えはない。だが、初めて会った気がしなかった。 「……誰ですか」 「名乗るほどの者ではない。だが、お前がここへ来るのはわかっていた」 老人は小道の先を一度だけ見やり、それから俺へ視線を戻した。 「村人A、と呼ばれているそうだな」 「それは、まあ」 「面白い肩書きだ。選ばれた者に似ていて、実はそうではない」 俺は息をのんだ。老人は構わず続ける。 「お前は選ばれたのではない。最初からここに置かれている」 「最初から、って……」 喉がからつく。転生。前世の記憶。あの感覚の正体。胸の奥で散らばっていたものが、ひとつずつ形を持ち始める。 「俺は、たまたまここに来たんじゃないのか」 「たまたま、で済むなら楽だったろうな」 老人の声は静かだった。だが、その静けさがかえって重い。 「お前が見ている違和感は、間違いではない。見えるべき者にだけ見えるよう、置かれているものがある。空白も、印も、道もな」 俺は小道の先を見た。森の入口は暗い。けれど、さっきまでただの境界だったそこが、急に意味のある場所に変わった気がした。 「じゃあ俺は……何のために」 言いかけて、やめる。答えが恐ろしくて、続きを口にできなかった。 老人は少しだけ目を細めた。 「それを知るために、まずは立っておれ。背景のままでいるか、前へ出るかは、その先で決まる」 風が吹いて、枯れ葉が足元を滑った。村の灯りが背後でひとつ、またひとつと淡く滲む。 俺は老人を見返したまま、まだ動けずにいた。胸の奥で、何かが静かに組み替わっていく音だけがしていた。

5章 / 全10

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