エラベノベル堂

村人として生き直す

全年齢

小説ID: cmnfntwl6002j01o7u1ilk2zn

7章 / 全10

門の光が落ち着ききらないまま、俺はその場に膝をついた。冷えた土の感触が、やけに現実的だった。息は荒いのに、頭だけは妙に冴えている。さっき投げた小石の軌跡が、まだ視界の端に残っていた。 「……今の、ほんとに効いたのか」 自分で言って、自分で信じきれない。だが門の軋みは少しだけ弱まっている。村人たちの足音も、先ほどより遠い。避難は続いているのだろう。俺は立ち上がり、門の内側へと視線を向けた。 そこには、封印の梁に沿って走る古い溝があった。紋様の切れ目、地面に埋まった石の並び、そして薄く剥げた文字。ついさっきまでただの模様にしか見えなかったものが、今は一つの文脈として迫ってくる。 「記録……」 思わず漏れた声に、老人がこちらを見た。 「読めるのか」 「読める、というより……わかる、です」 帳面の空白。地図の細い通路。井戸に映った不自然な景色。それらが一本の線で結ばれていく。俺は門の内側に刻まれた文を指先でなぞった。古い文字は擦り切れているのに、意味だけが鮮明だった。 村人Aは、物語の外側で全体を見渡す存在として置かれる。 その一文を読んだ瞬間、背中を冷たいものが走った。脇役だから見逃されるのではない。目立たないからこそ、全体を見る位置に置かれていた。誰にも気づかれず、誰にも邪魔されず、村の綻びを拾い上げるために。 「そんな……」 違和感の正体が、ようやく形になった。自分が村人Aだと感じたあの妙な納得感も、何もかも、最初から仕組まれていたのだ。 老人は静かに頷いた。 「お前はここで生きるだけでは足りん。守り手としての役目を引き受けねば、この村の安定は持たん」 「俺が、ですか」 「そうだ。背景に甘んじるか、全体を支える側に回るかだ」 喉が渇いた。胸の奥で何かが締めつけられる。それでも、逃げたいとは思わなかった。逃げられない、ではない。逃げる理由が、もう見つからなかった。 門の奥で、また小さな軋みが鳴る。まだ終わっていない。けれど、今の俺にはわかる。次に何を読めばいいのか、どこを見ればいいのか。村人Aという名の配置は、ただの肩書きじゃない。 俺は古い文字の前に手を伸ばし、深く息を吸った。

7章 / 全10

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