エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

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4章 / 全10

翌朝の厨房は、いつもより早くからざわついていた。昨日まで確かにあったはずの棚の袋が、ひとつ残らず軽くなっている。白い根菜も、香りの強い葉も、甘みのある果実も、明日の分まで見込んでいた食材がきれいに消えていた。盗まれたのか、風にさらわれたのか、それとも園そのものがひと晩で腹ぺこになったのか。ぼくは空になった木箱を見つめ、思わず息をのんだ。 園長は眉を寄せたが、驚きはあまりないようだった。 「食材が減る日もある。ここでは珍しくないよ。ただ、今日は少し足りなさすぎるね」 昼の給食をどうするか、職員たちと短く相談する。代わりの保存食はある。けれど、いつものような人数分はない。そこへ園児たちが次々と顔を出した。匂いに敏感な子は厨房の空気の変化をすぐに察し、翼のある子は棚の上をのぞき、影の子は床の隙間からこちらを見上げている。 そのとき、ひとりの子が小さく鼻を鳴らした。 「森の奥、昨日と違うにおいがする」 園長がうなずく。 「足りない分は、探しに行くしかないかもしれないね」 思ってもみなかった言葉に、ぼくは園児たちを見回した。外の森は不思議が多い。甘い蔓が絡みつく道、足音で色を変える苔、夕方になると地図を忘れさせる霧。けれど、子どもたちの目はすでに冒険のほうへ向いていた。 出発の支度はあっという間だった。香りを追うのが得意な子は先頭に立ち、暗い場所でも見える子は足元を確かめ、力の強い子は籠を持つ。食べるのが遅い子は、今日は忘れずに合図の笛を首にかけていた。みんな、自分の役目を知っている。ぼくはその列の最後に立ち、鍋の空白を埋めるための覚悟を、そっと胸の奥へ押し込んだ。 森へ入ると、湿った土の匂いの中に、かすかな甘さが混じっていた。花の蜜か、熟れすぎた果実か、判断する前に、先頭の子が耳をぴんと立てた。 「こっち!」 案内された先には、見たことのない低木があった。枝先に、白く丸い実がいくつも揺れている。だが近づこうとすると、実はふわりと離れ、別の枝へ逃げてしまう。まるで、簡単には食べさせてくれないとでも言うように。 「追いかけるんだ」 翼の子が空へ跳び、影の子が木陰をすり抜ける。ぼくも手を伸ばしたが、実はするりと届かない。すると、いつも食べるのが苦手で、配膳のたびに戸惑っていた子が、そっと地面にしゃがみこんだ。彼は実を追わず、枝の動きをじっと見ている。 「風が止むと、下がる」 その声に合わせるように、みんなが息をひそめた。森の気配がゆっくり静まると、実はぷるんと枝先から重みを戻し、ちょうど手の届く高さへ降りてきた。ぼくは思わず笑い、子どもたちも次々と手を伸ばした。 だが、籠が半分ほど埋まったころ、道の向こうで低い唸り声がした。大きな木の根がうねり、通せんぼをするみたいに通路を塞いでいる。皆が身を固くしたとき、普段は一番おとなしい子が前へ出た。彼は小さな笛を吹き、一定の間隔で音を響かせる。すると根は少しずつ揺れを弱め、眠りに落ちるように横へ退いた。 「音に合わせると、落ち着くんだ」 ぼくはその子の肩に手を置いた。食べるのが遅いのは、時間がかかるからじゃない。確かめることが多いからだ。その慎重さが、今日は道を開いた。 園へ戻るころには、空の下に夕方の光がにじんでいた。集めた果実は、煮ると淡い香りを立て、根菜と合わせると、思った以上に深い味わいになった。足りなかったはずの鍋は、森の恵みでゆっくり満ちていく。配膳台に並んだ皿を見た園児たちは、さっきまでの緊張を忘れたように歓声を上げた。 ところが、最後の一皿を置いたとき、厨房の床にひとつだけ白い実が転がった。誰の籠にも入っていなかった、見慣れない実だ。ぼくが拾い上げると、指先に温かい鼓動のような感触が伝わる。 「それ、今夜の分じゃない」 振り向くと、園長が静かに微笑んでいた。 「明日の朝ごはんだよ。森が、ちゃんとお礼をくれたんだ」 ぼくは実を掌にのせたまま、厨房の明かりを見上げた。食材を探す冒険は終わったはずなのに、明日への入り口がもう開いている。園児たちは満腹の顔で笑い、次はどこへ行くのかと互いに言い合っている。 ここでは、給食は作って終わりじゃない。探して、分けて、待って、ようやく一緒に食べる。そんな毎日の続きが、きっとまたぼくたちを森の手前まで連れていくのだろう。

4章 / 全10

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