エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

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5章 / 全10

朝の点呼が終わるころ、ぼくは厨房の隅で一枚の紙切れを見つけた。誰かの落とし物にしては、やけに丁寧に折られている。開くと、そこには園長の丸い字で、短くこう書かれていた。今夜の月は、食材を隠す。 意味がわからず首をかしげていると、背後で小さな羽音がした。振り向くと、香りに敏感な子が鼻先をひくつかせている。 「今日は、森のにおいがする」 園の外れにある森は、普段なら穏やかなはずだった。けれど昼に向けて鍋を温め始めたころから、風向きが変わり、厨房の窓に白い靄がまとわりついた。棚を見れば、昨日たしかにあったはずの果実の籠が空だ。誰かが持ち出したのか、食材そのものが歩いて行ったのか、判断する前に園長が静かに言った。 「今夜の月は、食材を隠す。あれは森の機嫌だよ」 それなら、探しに行くしかない。そう思った瞬間、園児たちが一斉に立ち上がった。先頭に出たのは、いつもは食べるのが遅く、ひと口ごとに確かめる子だった。彼はいつもの慎重な目で、森のほうを見ている。 「ぼく、道を覚えられる」 その声に、先生たちもぼくも目を見合わせた。ならば行こう。ぼくは籠をいくつか持ち、役目を分けた。香りを追う子、暗がりを見る子、重いものを運ぶ子、地面の変化に気づく子。それぞれの得意をひとつずつ手渡すたび、子どもたちの背筋が伸びていく。 森は、昼なのに薄暗かった。木々の間に張られた霧が、足元の感覚をやわらかく奪う。けれど、香りに敏感な子が先に進むたび、甘い匂いの筋が細く立ちのぼった。その先には、丸い実をぶら下げた低木がある。だが実は、近づくたびに枝をすべらせ、手の届かない高さへ逃げてしまう。 「追わないほうがいい」 慎重な子がしゃがみ込み、しばらく木を見つめた。すると、枝は風に揺れているのではなく、月の光の影に合わせて上下しているのだとわかった。皆が息をひそめる。光の切れ目が一度だけ横切ったとき、実はすっと下がり、ちょうど籠に落ちる高さへ来た。 ぼくは思わず笑った。拾うのではなく、待つ。ここではそれも大事な技術なのだ。 だが、森の奥へ進むほど、道は細くなった。ぬかるみの下で何かがうごめき、荷車ほどの根が道を塞ぐ。行き止まりかと思ったとき、重いものを運ぶのが得意な子が一歩前へ出た。彼は根に触れず、代わりに地面を軽く叩く。一定のリズム。すると根のうねりが少しずつほどけ、眠る獣が寝返りを打つように脇へ退いた。 「怒ってるんじゃない。かまってほしかっただけ」 その言葉に、周りの子たちが小さく吹き出した。ぼくは胸の奥があたたかくなるのを感じた。手のかかる子ばかりだと思っていたけれど、こうして並ぶと、それぞれがちゃんと周囲を見て、支え合っている。 やがて森の出口近くで、見覚えのない市場の灯りが揺れているのが見えた。昼なのに店先だけが夕暮れみたいに明るく、屋台には、ぼくたちが探していた果実や根菜が山のように積まれている。だが売り手の姿は見えない。かわりに、台の上に小さな札が置かれていた。食べる準備が整ったものだけが持っていける。 「準備、って何だろう」 誰かがつぶやいた。ぼくは、子どもたちの顔を見回した。洗うこと、むくこと、分けること、味を確かめること。食べる前のひとつひとつが、もう準備になっている。ぼくたちは市場の水場で手を洗い、籠を並べ、買う代わりに、道中で拾った木の葉や、手入れしたばかりの香草をそっと置いた。 すると、無人だったはずの屋台の鐘が鳴った。棚の奥から、白い小さな手がひょいと伸びて、果実をひとつ返してきた。次に、別の棚から根菜がころりと落ち、さらに高い棚からは香草の束がふわりと降りる。見えない誰かが、こちらの用意を見て、少しずつ応えているらしい。 園児たちは驚きながらも、誰ひとり騒がなかった。慎重な子が最初の果実を受け取り、香りに敏感な子がそれをそっと撫でる。やがて籠は満ち、帰り道の空気まで変わっていった。 園へ戻ると、厨房には朝より大きな鍋がいくつも並んだ。採れたての果実は煮込まれ、根菜はやわらかくほどけ、香草は湯気にのって広がる。配膳の時間、いつも食べるのが遅い子が、今日は先に皿を受け取り、迷わずひと口食べた。 「できた」 そのひと言で、厨房が静かになった。うれしそうに見える園長の隣で、ぼくはようやく気づく。あの札は、月が隠したのではない。食材を見つける前に、みんなで食べる準備をする日だと、森が試していたのだ。 窓の外には、もう月の形がのぞいている。明日はまた、足りないものが出るかもしれない。けれど今ならわかる。ここでは不足さえ、誰かと分け合うためのきっかけになる。ぼくは湯気の向こうで笑う子どもたちを見ながら、次の鍋の火を少しだけ強くした。

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