「え、ない……?」 久美子は倉庫の棚を見上げたまま、思わず声を漏らした。午後の熱気が少し残る室内で、木箱の列だけが妙に静かに並んでいる。翌日の献立に使うはずの食材を確認していたはずなのに、札のついた場所が空っぽになっていた。 「昨日、ここに置いたのに……」 独り言が、乾いた床に落ちる。手帳をめくっても、書き込んだ数量と棚の中身が合わない。久美子は唇を引き結び、空の箱を二つ三つ確かめた。 「まさか、数え間違い?」 「せんせい、なにさがしてるの?」 振り向くと、いつの間にか園児たちがのぞき込んでいた。角の影、羽の先、細いしっぽが、倉庫の入口でわらわら揺れている。 「明日のごはんの材料よ。どこかへ行っちゃったみたい」 「さがしものだ!」 「たんけん、たんけん!」 「ちがうちがう、探検じゃなくて――」 言いかけた久美子は、首を振った。どうせ止めても、もう好奇心のほうが先に走る。ならば一緒に探したほうが早い。 「じゃあ、みんな、静かに見つけてね。おかしな物を見たら教えて」 「はーい!」 子どもたちは倉庫を飛び出し、棚の下、台車の裏、古い布の山まで覗き始めた。久美子もその後ろについていく。厨房へ向かう廊下に、小さな足音が散っていく。 食堂の手前で、一人がしゃがみこんだ。 「せんせい、これ!」 床には、ぬるりとした土のような跡と、小さな丸い足跡が続いていた。台車の車輪でもない、誰かが運んだにしては妙に不揃いで、途中で何度も立ち止まったみたいな線。 久美子はしゃがみ込み、指先を近づける。 「これは……運ばれた跡、ね」 「だれが?」 答えようとして、彼女は足跡の先にある小箱に気づいた。中には、探していた食材の一部が、なぜか丁寧に重ねられている。 「誰かが、ここまで持ってきたのかしら」 「いたずら?」 「ううん」 久美子はゆっくり首を振った。食材を乱暴に扱った跡がない。むしろ、落とさないように運んだ気配がある。 「いたずらというより、何か理由がありそう」 園児たちは顔を見合わせ、さっきまでの探検気分を少しだけ引っ込めた。 「じゃあ、まだいるのかな」 「このあと、どこにいったのかな」 久美子は足跡を見下ろしたまま、息をつく。消えたのではない。持ち出されたのでもない。ただ、誰かの小さな手が、別の意味で動かしただけ。 「……続きは、ここからね」 倉庫の静けさの向こうで、床に残る不思議な跡が、次の場所へまっすぐ伸びていた。
モンスター園の給食担当
全年齢小説ID: cmnfnwjta002v01o7n83tpfu9
