エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

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6章 / 全10

その朝、厨房の空気は妙に軽かった。昨日まで山ほどあったはずの白い根菜も、香りの強い葉も、乾かした果実も、きれいに並べた棚の上から消えている。空になった木箱だけが、やけにまじめな顔でこちらを見返していた。ぼくは思わず額に手を当てたが、隣に立つ園長は、まるで春先の天気を言い当てるみたいに落ち着いていた。 「足りないね。けれど、まだ終わりじゃない」 昼の給食をどうするか相談しているうちに、園児たちが次々と集まってきた。匂いに敏感な子は鼻先をひくつかせ、暗い場所が得意な子は棚の下をのぞき込み、慎重な子は何も言わずに空の木箱を見つめている。誰もが、これはただの不足ではないと感じている顔だった。 園長が窓の外を見た。 「森のほうから、呼ばれている気がするよ」 その言葉に、子どもたちの目が一斉に光った。ぼくは最初、止めるべきか迷った。けれど、この園では、待つだけでは食卓は満ちない。見つけに行くことも、食事の一部なのだ。 支度は早かった。香りを追う子が先頭に立ち、地面の変化に気づく子が足元を確かめ、力の強い子が籠を背負う。いつも食べるのが遅く、ひと口ごとに確かめる慎重な子も、今日はまっすぐ前を向いていた。 「ぼく、道を覚える」 その声は小さいのに、ひどく頼もしかった。 森は湿っていた。葉の隙間から落ちる光が細く揺れ、足を踏み入れるたびに土がやわらかく沈む。甘い匂いがしたかと思うと、次の瞬間には草の青さにかき消される。案内された先には、白い丸い実をつけた低木があった。けれど実は、こちらが手を伸ばすたびに枝先をすべらせ、するりと逃げてしまう。 「追うと、逃げる」 慎重な子がしゃがみ込んで、じっと枝の動きを見た。ぼくたちも息をひそめる。すると、風が止んだ瞬間だけ、実はふわりと重みを戻し、ちょうど籠へ落ちてくる高さまで下がった。 「待ってたんだ」 誰かが笑うと、周りの空気もほどけた。ぼくは実を受け取りながら、この園で覚えたことを思い返していた。食べるには、急がないほうがいいこともある。知るには、手を伸ばしすぎないほうがいいこともある。 だが、森の奥へ進むにつれ、道は狭くなった。古い根がうねりながら地面を塞ぎ、まるで先へ行くなと言っているようだ。皆が立ち止まったとき、重いものを運ぶのが得意な子が一歩前に出た。彼は根に触れず、地面を一定の間隔で軽く叩いた。 すると、根の動きが少しずつほどけていく。怒っていたのではない。ただ、気配を無視されるのが嫌だったのかもしれない。道が開くと、子どもたちはほっとした顔で次々とくぐり抜けた。 さらに進んだ先には、見慣れない市場の灯りが揺れていた。昼だというのに、屋台の影だけが夕暮れみたいに深い。果実、香草、根菜、どれも探していたものばかりが並んでいるのに、店番の姿は見えない。代わりに、木札がひとつぶら下がっていた。きちんと準備した者だけが持っていける、と。 準備。ぼくは子どもたちを見回した。洗うこと、分けること、並べること。手を清め、籠をそろえ、道中で集めた香草をそっと置く。それが、もう立派な準備だった。 そのとき、屋台の奥から小さな鐘が鳴った。見えない誰かが応えるように、果実がひとつ、またひとつと棚からころがり落ちる。慎重な子が最初の実を受け取り、匂いに敏感な子がそれを胸いっぱいに吸い込んだ。 「返してくれた」 市場は無人のままだったが、気配だけは確かにあった。ぼくたちが用意したものを見て、向こうも少しずつ差し出してくれている。そんな不思議なやり取りのうちに、籠は満ちた。 帰り道、夕方の光が森の端ににじんでいた。厨房ではすぐに火が入れられ、果実はやわらかな香りの煮込みになり、根菜はとろけるようにほどけ、香草は湯気の中で静かに広がる。配膳の時間、いつも一番迷っていた子が、今日は迷わず皿を受け取った。 「できた」 そのひと言で、厨房がしんとした。ぼくは振り返り、空になっていた棚の代わりに並んだ皿を見た。あの不足は、ただの欠けではなかったのだろう。みんなで探し、待ち、分け合うための合図だったのかもしれない。 園長が小さくうなずく。 「食材は、集めるほどに増えるものがある」 ぼくは湯気の向こうで笑う園児たちを見た。明日はまた、何かが足りなくなるだろう。だが、もう怖くはない。ここでは不足さえ、誰かの得意を見つける入口になる。ぼくは鍋の火を少し強め、次の匂いが立ち上るのを見届けた。

6章 / 全10

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