エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

小説ID: cmnfnwjta002v01o7n83tpfu9

7章 / 全10

「こっち、まだ続いてる」 久美子は床の跡を指先でたどりながら、ゆっくり立ち上がった。食材を運んだような、不揃いで小さな足跡は、倉庫の奥から廊下を抜けて、遊戯室のほうへ消えている。園児たちはその横で息をひそめ、でも目だけはやけに輝かせていた。 「だれかいるの?」 「こわいひと?」 「わからない。でも、ひとりで動かしてるなら、まずは話してみよう」 久美子はそう言って、園児たちの先に立った。怒るつもりはなかった。棚が空っぽになっていたのは困る。けれど、跡のつき方に乱暴さはない。むしろ、何度も立ち止まりながら、落とさないように運んだ気配があった。 遊戯室の扉を開けると、そこには見慣れたおもちゃの山と、積み木の城が影を落としていた。その隅で、小さな背中がびくりと震える。ぴょこんとした角も、短いしっぽも、まだあどけない。両腕には、消えたはずの食材がぎゅっと抱えられていた。 「見つけた……」 誰かが小さくつぶやく。久美子はしゃがみ込み、相手と同じ高さで目を合わせた。 「あなたが、持っていったのね」 小さなモンスターは、泣きそうな顔でこくりとうなずいた。 「ごめんなさい。わるいこと、した……」 「ううん。まずは、どうしてか聞かせて」 その声がやわらかかったせいか、彼は抱えていた袋を胸に寄せたまま、ぽつぽつと話し始めた。 「みんな、たのしそうだった。せんせい、おいしそうだった。ぼくも、やくにたちたかった。だから、まねした。ちょっとだけ、つくるひとに、なったつもりだった」 園児たちのざわめきが、少しだけ静かになる。久美子は目を細めた。 「そうだったのね。役に立ちたかったのか」 「でも、だめだった。みつけられたら、おこられるとおもった」 「困らせたのは確かよ。でも、悪気でやったわけじゃないなら、なおさら教えてあげたいことがあるの」 小さなモンスターが、びくりと肩をすくめる。久美子はその袋をそっと受け取った。 「厨房や食材の置き場には、入る前に知らせる合図を決めましょう。そうすれば、危ない場所にいる時でも、みんなで気づけるから」 「しらせる、あいず?」 「ええ。入る前に一声か、札を持つか。隠れて運ぶんじゃなくて、ちゃんとわかる形で手伝うの」 小さなモンスターは、目を丸くしたあと、ゆっくりうなずいた。 「……ぼく、できるかな」 「できるわ。やり方を覚えればいいだけだもの」 久美子はそう言って、袋の口を整えた。園児たちも、最初は珍しそうに見ていただけだったのに、いつの間にか輪になっている。 「それなら、ぼくも合図する!」 「ぼくは札を持つ!」 「まちがえても、つぎからでいい?」 「もちろん。大事なのは、勝手に入らないで知らせることよ」 小さなモンスターは、抱えた両手を見下ろしてから、ようやくほっとした顔をした。久美子はその表情を見て、叱るだけでは届かなかったことを知る。 遊戯室の窓から差し込む光の中で、食材の入った袋が静かに揺れた。次に動くべきなのは怒りではなく、みんなで守るための合図だった。

7章 / 全10

TOPへ
モンスター園の給食担当 | エラベノベル堂